不確かなモノ-4
「そんなにキスしたかったんですか?」
「ちがっ…ふっ」
あまりに突然の出来事で、何が起きたのかを全く把握出来ない。
私はボーッとしたまま、そっと自分の唇を触れてみる。
今…何があったの?
「おや、もしかしてファーストキスでした?」
ファ、ファースト…キス……
頬にカッと熱が集まる。
「また図星ですか?それはそれは…ゴチソウサマ」
そう言って霜村は私の唇にもう一度唇を寄せると、何事も無かったかの様に階段を下りて行った。
もしかして…キスされた?
しかも、一度ならず二度までも?
………はぁぁっ!?
何考えてんのよ、あの男っ!?
しっ、信じらんない…最っ低!
今まで全然止まらなかった涙が、一瞬の出来事で吹っ飛んだ。
でも今度は、沸々と…体の底から怒りが沸き起こっている。
腹立つ腹立つ、霧消に腹立つ!
やり場を失った怒りは、それからしばらく、私の中に留まり続けた。
「あら、遅かったじゃない……ど、どうしたの?大丈夫?」
フロントオフィスに戻った私の顔を見るなり、同期の池間 加代(イケマ カヨ)さんが心配そうに顔を歪めた。
同期とは言っても、加代さんは短大卒…私よりも少し年上だ。
私にとっては、何でも相談出来るお姉さんみたいな存在。
「大丈夫です。仕事、戻りますね」
「本当に大丈夫?顔色…随分と悪いみたいだけど……」
「気のせいですよ」
私は無理にニコッと微笑んで見せ、そのまま通常業務に戻った。
「じゃあ、私はお先に失礼します。お疲れ様でした」
入社してから今まで、今日ほどに一日を長く感じる日は無かったと思う。
霜村の部屋から戻った私は、どうにもこうにも仕事に集中出来なかった。
全ては霜村のせい。
だからこそ、再会なんかしたくなかったのに……
霜村のあの強引なキスは、今に始まった事じゃない。
あの男はいつだって、気まぐれに私の唇を奪う。
時に軽く…時に熱く激しく……
初対面の時のキスなんて、かなり可愛い方。
あの最悪の出会いから高校を卒業するまで、私は何度あの男に唇を奪われたか分からない。
「へ、へぇ…そ、そんな事があったの……」
馴染みの居酒屋で、私は霜村とのこれまでの経緯を語りながら、ビールを片手に焼き鳥を頬張る。
目の前では、私を心配して誘ってくれた加代さんが、私と霜村の関係を知って複雑な表情をしている。
それもその筈…私達の関係は、普通じゃない。理解しろって方が難しいと思う。
「でもさぁ、その霜村さんって、更砂の事が好きなんじゃない?」
「まっさかぁ!それは絶対に有り得ない!」
正直私だって、その可能性を疑った事がある。でも、すぐにその可能性は打ち消された。
「だってアイツってば、女を切らした事、無いんですからっ!」
その理由はコレ…霜村の隣には、いつだって彼女という特別な存在があった。
まぁ、それがいつも同じ人だったかどうかは知らないけど…私がその候補にも入っていない事は、確実だと思う。
私はただのアイツのオモチャ…だからこそ、彼女がいるクセに平気で私を振り回すのよ。
絶対にそう!