不確かなモノ-3
「もぉっ!倫クンってば、ドコ行っちゃったのよぉっ!?」
しばらくして諦めたのか、彼女は自分の部屋へと戻って行った。
隣の部屋のドアがパタンと閉まる音を聞いてからやっと、霜村は私を解放した。
「邪魔が入ってしまって、残念です。あぁ、初見さん…その顔で仕事に戻ったら、皆さんに疑われちゃいますよ?」
言いながら霜村は、またいたずらっ子の様な嫌な笑みを浮かべる。
私は負けじと、キッと睨んだ。
「アンタ、何考えてんのよ?」
「何って…初見さんを困らせて、楽しんでるんです」
霜村は悪びれる様子も無く、いけしゃあしゃあとしている。
そうだ、この男は昔からこうだった。
昔から…自分の都合だけで私を翻弄する。
私が霜村に初めて会ったのは、高校1年の初夏…私が彼氏にフラれて泣いている時だった。
その人とは、中学の時から付き合っていて…でも、高校が別々になってダメになった。
今思うと、物凄く幼稚で…でも私は、精一杯恋してた。
「こんな所でメソメソと…泣くなら他でして下さい」
屋上前の階段の踊り場で、毎日隠れて泣いていた私を発見したのが霜村だった。
「どこで泣こうと私の勝手じゃないっ!邪魔しないでっ!」
「泣いてるクセに、口答えだけは出来るんですねぇ?その様子だと、男にフラれたとか…そんな感じですか?」
「放っておいてよっ!」
「可哀想に…図星ですか」
「何なのよ、アンタっ!?早くどっか行ってよっ!」
霜村の第一印象は“嫌なヤツ”、それ以外は覚えてない。
まぁ、こんな強烈な出会いで、良い印象を抱く方がおかしいけど……
「よいせっ、と…」
霜村は私の言葉には耳も貸さず、大袈裟に声を発してその場に腰を下ろした。そして、ゴロンと横になる。
「何やってんのよ、アンタ」
「何って?ここで授業をサボるんです」
「はぁっ!?ちょ、ちょっと…やめてよっ!ねぇ、ちょっとぉぉっ!」
またもや私の言葉を無視して、霜村は瞳を閉じた。
この場所は、やっと見付けた秘密の場所だったのに…とことん私は、ツイテナイ。
また涙が沢山込み上げて来て、私は膝に顔を埋めた。
「う゛ぅぅ…ぅぅ……」
私の何が悪いの?
どうして私ばかりが不幸なの?
考えれば考えるだけネガティブになって、涙は止まるどころか増えていく。
瞼は熱くて重いのに、泣き止む術が分からない。
「うっさいですねぇ…せめてもう少し、色気の有る泣き方したらどうですか?そんなんだから、フラれるんです」
なんでコイツに…そんな事…言われなきゃいけないのよ……
「どうせ私には、色気なんか無いわよ。アイツだって…孝俊だって…私にキスすらしようとしなかったんだから……」
「へぇ、元カレは“孝俊”さんっていうんですか?」
「だから何?良いじゃない、色気なんか無くたってっ!私はっ、私は…大好き…だったのに……」
またワッと涙が溢れるのを感じた。
まだ彼のことが好き、大好き。
でも…もう泣くことしか出来ない。終わったことだから。
私は鳴咽を抑えて下唇を噛んだ。
これ以上、このムカつく男の前では泣きたくない。