故蝶の夢〜震える腕〜-4
*
「多輝どこに行ったか知らない?」
涙を拭いて、少し落ち着いた後、沙希が答えた。
「私、斉藤くんを閉じ込めちゃった。」
ぺろっと舌を出す。
「つぐみと、本物の斉藤くんが仲直りするのを見届けてから、目覚めるね。」
「沙希…」
急に場面が変わった。
「ここは…。」
学校だ。
教室の前に飛ばされた。
もう沙希の姿はない。
「みんな、学校好きなんだから…」
私はふっと微笑む。
教室の扉を開けた。
「多輝…」
そこには思い出ではなく本物の多輝がいた。自分の席に座って、まっすぐ前を見ている。
こちらは向かない。
「あの、あのね…!」
「つぐみ。」
急に名前を呼ばれてはっとする。
多輝は自分の左斜め前の席を指差した。
「そこが、つぐみの席だよな。」
私はなんとなく、多輝が指差す場所に座った。
重力に引かれるみたいに。
そう、これが私達の座席だね。
「俺、授業中お前の後ろ姿見てた…。直したつもりかもしれないけど、後ろの方に寝ぐせついててさ、かなり面白かった。」
多輝がどんな顔しているか、気になったけど、私は後ろを振り向かなかった。
もし、振り向いたら、また目線をそらされるような気がしたから。
「なによー…後ろなんて見えないんだから…」
ちょっとすねて見せる。
ヤバイ。涙で目が霞む。
私の髪の毛に手が触れる感触。
「今日は、寝ぐせついてないんだな…」
わからないくらいに軽く、髪を撫でてくれてる…
私は鼻水をすすった。
膝の上で、きつく両手の拳を握り締める。
その拳のうえに、涙が落ちる。
「好き…なの」
それだけ言うのが私の精一杯だった。
後ろを見ることなんて出来ない。怖い。
多輝が椅子を引いて立ちあがる音が聞こえた。
そして、視界に、多輝の腕が入ってびくっとする。
後ろから抱きしめられた。
苦しいくらいに。
震えてる…?
急に教室が砂のように崩れ始める。
沙希が目覚めるんだ…
机も、椅子も、黒板も。砂のように崩れて飛んでいく。
この光景を見るのは2回目だけど、私の気持ちがあの時とは全然違う。
悲しいだけの、あの時とは…。