故蝶の夢〜震える腕〜-3
「よー…姉ちゃん一人か?」
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、明らかに酔っ払っている男が一人、絡んできた。
(コレって…あの時の…?だけど、これは…)
あれこれ考える暇もなく、男が抱きついてきた。
「や、やめて下さい!!」
私はまるで現実のことのように怖くなった。
だって、あの時とは場所が違う。状況が違うもの!!
どうなってるの…?
(助けて…多輝…)
何かあると多輝を呼ぶ私の癖。
それは、いつも、あいつが助けてくれたから。
「つぐみに触んな!!!この酔っ払いがーーーー!!!」
どこから現れたのか、いきなり多輝が男に殴りかかった。
私はびっくりして尻餅をつく。
酔っ払いの男はいつの間にか姿が見えなくなっていた。
「怪我…ないか」
多輝が私に手を差し伸べる。
私はほっとしてその手を取り、立ち上がる。
そうか、
なんとなく分かった。
私は急に、この扉の主を理解した。
私のでは、ないから。
「沙希、だね?」
私は呟いた。
すると、ビルの陰から沙希が姿を現す。
「やっぱり、つぐみには分かっちゃったかぁ。」
淋しい瞳をしている沙希。
「私、つぐみに話で聞いてた通りに再現しようとしてたのに、失敗しちゃったね…」
沙希はそう言うと俯き、涙を流した。
「私が酔っ払いに絡まれたのは、繁華街だったから、そこでやっと分かったの。どうして、こんなこと…?」
「私、つぐみにもう一度、斉藤くんとの日々を過ごしてもらいたかったの。なんの慰めにもならないかもしれないけど、このまま忘れるだけなんて、悲しすぎる。」
沙希はそれだけ言うと、泣き崩れてしまった。
私は、こんなにも沙希に心配かけていたんだね。
涙が溢れた。
私はしゃがみこむ沙希を抱きしめた。
「沙希、ありがとう…私、思い出したよ。ずっとずっと、こんなに満たされていたこと…。多輝がいなくなってそれで終わるわけじゃないんだってこと。こんなに心があったかくて、切ないけど、私、もう沙希に心配かけさせないから。」
ぎゅっと強く抱きしめる。
私の言葉で、沙希は顔を上げ、くしゃくしゃの顔で笑った。
「つぐみに元気になって欲しかったんだ…。」