at office3-2
「それ、こっちの箱に仕舞うよ。ちょうだい。」
「あ、はい。」
振り向こうとした途端、がたん!と脚立から足を踏み外してしまった。
「!」
目を瞑って尻餅の衝撃に耐えるべく体に力を入れた。
だが、背中に受けた衝撃は、ぽすん、という間の抜けたものだった。恐る恐る目を開けるが、視界は正常のまま。上下逆転したりはしていないし、お尻も痛くない。
と、いうことは、この背中の感触は。
さらにゆっくりとした動作で上を見ると、端正な顔がすぐそこにあった。
「びびったぁ〜!大丈夫だった?」
ふぅ、と大袈裟に息をついて見せる永瀬の腕の中から慌てて飛び退き、もの凄い勢いで頭を下げる。
「すみませんっ!」
「や、俺は全然平気。杉下さんが小柄でよかったよ。じゃなきゃ俺も一緒にコケてたね。」
怪我しなくてよかった、とにっこりと笑顔を向けてくるが、その余裕のある笑顔に、ますます自分の失敗が恥ずかしく思えた。たった一段登っただけなのに足を踏み外すなんて、注意散漫もいいところだ。しかも周りには社員がたくさんいるのに。叫んだりしなくてよかった。でも万が一昌樹に見られて誤解されていたらどうしよう。事故とはいえ、昌樹以外の男の人の腕に支えられるなんて。
「こら、俺の可愛い後輩に手出すなよ。」
「きゃっ!!」
色々な思いが頭をぐるぐるしていた時に突然声が飛んできて思わず悲鳴をあげてしまった。背後から自分を通り越して永瀬に声をかけたのは昌樹だった。
「杉下、コイツは手が早いことで有名だから気を付けろよ。」
ぽん、と美南の肩に手をおき、悪戯っぽく言う。
どうやら、一番見られたくなかった場面を見られたようだ。でも、怒ったりはしてないみたい。よく考えれば、そんな事でいちいち怒るほど子供じゃないか。浮気した訳でもないし。
昌樹の落ち着いた態度に内心胸を撫で下ろした。
「手を出すだなんて失礼な。ね、杉下さん。」
「え?あ、はい。私が脚立から足を踏み外しちゃって…。」
ばつが悪くなり下を向く。誤解はされてないと言えども、昌樹に自分の失敗を見られた事はやっぱり恥ずかしい。
だが昌樹はそんな事を気にする様子もなく、永瀬に向き直った。
「最近どう?まぁお前の事だし要領よくやってるんだろうけど。」
「楽しいですよ。俺には企画部はあってるかも知れません。」
そうかもな、と昌樹が相槌を打つと、でも、と永瀬が続けた。
「こんな可愛い事務員さんがいるなら営業に戻りたいなぁ〜。」
傍で話をボケッと聞いていた美南は、肩に置かれた永瀬の手にはっとする。それを見た昌樹は
「ほんと、お前はそういうとこも変わらないな。」
と大袈裟にため息をついてから、美南を自分の方へ引っ張った。
「言っただろ、杉下は営業部の可愛い後輩なの。手だすなよ。」
「はいはい。わかってますよ。岡崎さんに叱られたからあっち行くよ。じゃあまたね、杉下さん。」
永瀬は美南に笑顔を向けるとひらひらと手を振り去っていった。