光の風 〈貴未篇〉後編-1
あれは悲劇と呼ぶには残酷すぎる出来事だった。
何があったのか分からない、理解をこえる速さで現実は進んでゆく。
いま、目の前で起こっているのは現実なのか。夢であってほしいと願う間もなく最悪が次から次へと生まれていった。
辺り一面に殺戮の跡、誰も止めることができなかった。止めようとした者はもういない。
世界は終わりを告げ未来に希望を託した。
『私は未来の地球という世界に飛ばされたの。』
心も体もぼろぼろで疲れ果てた末に、本来の白い竜の姿でどこか草村に倒れていた。体中が傷や血まみれだった。
『もう何も考えられなかった。ただ涙が流れて、地面に体を預けていたの。』
どれほどの時間が流れていたのだろう、眠っていたのかもしれない。誰か人の気配がしてゆっくりと目を開けた。
「やっぱり。はるか、竜だ。」
少年が目の前にしゃがんでいた。服装や雰囲気が違う、未来の世界の少年だと分かった。あどけない顔、まだまだ幼い子供だった。
「本当だ。たかみ、見て!いっぱい怪我してるよ?」
はるか、と呼ばれた同じくらいの年の少女は目の前にいる少年をたかみ、と呼んだ。少女がやさしく竜の体を撫でる、少年はその姿を見ていた。
やがてもう一度マチェリラの顔を見て、そっと手を伸ばしマチェリラの涙を拭いた。
「大丈夫、ちょっと待ってて。」
たかみは立ち上がり、はるかのもとに寄った。二人は呼吸をあわせて頷くと両手を竜の体に向けて力を放出した。
二人からでた光はマチェリラの体を包み、みるみる体中についていた傷を治していった。二人は傷が治ったのを確認すると目の前に座り笑った。
「もう大丈夫。」
たかみが笑う。はるかもマチェリラの頭を撫でながら優しく笑った。
「頑張ったね、もう痛くないよ。」
遠くから二人の名を呼ぶ声がする。二人は立ち上がり、手を振って駈けていった。やわらかい風が吹き抜ける。
体の力が戻ったのか、いつのまにかマチェリラは人間の姿になっていた。風に乗って、遠くで子供が笑う無邪気な声が聞こえてきた。
自然と笑顔になる。くすくすと少しだけ声をだして笑った。久しぶりに笑った気がする。笑顔は次第に潤いを帯びて涙を誘う、マチェリラの頬が濡れるのに時間はかからなかった。
消化しきれなかった叫びが涙と共に吐き出されていく。小さい子供のようにマチェリラは大きな声をあげながら泣いた。