光の風 〈貴未篇〉後編-9
「今、貴方の脳裏に刻まれたのが私の記憶。それが全てよ。」
まるで熱を帯びたように頭がふらふらしていた。不安定な意識の中で必死に頭の中を整理する。
貴未は額に手を当て、ただ記憶だけに集中した。多すぎる記憶、たちまち貴未の息はきれ、汗ばんでいた。
そしていくつかの疑問符を生み出す。
「貴未?大丈夫?」
固まったままの貴未を心配そうに見ていた。
「マチェリラ、いま日向が。」
貴未は目で訴えた、その意味をマチェリラはもちろん知っている。彼女は頷き答えた。
「おそらく、間違いはないと思うわ。」
貴未は座り込み、額に手を当てて考え込んでしまった。厳しい表情はまさに心中を表している。
「あともうひとつ。」
視線の先をマチェリラに合わせないまま貴未は口を開いた。
「ライムって人。」
その言葉を聞いてマチェリラは固まってしまった。ゆっくりときつく目を閉じ、首を横に振る。
「カルサトルナスと話した方がいいわ。あの子、迷ってる。」
マチェリラは貴未の横に座り込んだ。貴未の名を呼び顔を自分の方に向けさせる。その表情は真剣だった。
「貴未、これから言う事をよく聞いて。」
「え?」
「貴方は狙われている。」
急な出来事に貴未の時間は止まった。やがて笑いながら冗談だろうとかわそうとした。しかし彼女の表情は崩れない。
「正確に言えば、貴方の力が狙われているの。」
まっすぐ向き合ってくる彼女の姿勢に貴未も応えた。笑みが消え、真剣な表情に変わる。
「千羅から聞いた。ヴィアルアイが狙ってるって。」
「彼だけじゃないわ。玲蘭華も貴方の力を狙っている。」
そう告げた後、次の言葉を出すのにマチェリラはためらう様子をみせた。
「どういう事だ?」
「だからカルサトルナスの下へ来たのかもしれない。」
マチェリラはそう呟くと、貴未の目をまっすぐ見つめて言葉を続けた。
「貴未、全てを信用しては駄目よ。真実なんて、少しの事で見えなくなってしまうもの。」
貴未が怪訝そうな顔をする。マチェリラの言葉の真意が全く分からなかった。
「信じるなら欺かれるリスクをも背負うという事。今までも、これからも。」
カルサもか?貴未の疑問は予想よりも小さな声だった。マチェリラは首を横に振り、それに答える。
「一番上が信じられないのなら、そこには明確な正義などないわ。」
風が吹いた。
貴未の顔がいつになく淋しそうなのは気のせいではない。
手で口を隠し、湖の方を見た。高ぶる感情を押さえているのだろう、小さくため息を吐いて俯いた。
それ以来、貴未は口を開かなかった。