ソドム-1
「危ないから、いい加減上がって来いよ」
山の麓にある集落。拓かれた道沿いには竹林がそびえ、その向かいの河原からは川のせせらぎが聞こえてくる。
わずかな深さの水流は、山の湧き出し水のため、底が分かるほどに透けて見える。
少女は、珍しさから、その河原に近づくとずっと浅瀬を眺めていた。
「ン〜、もうちょっと」
日の光を反射してキラキラと輝いて形を変える水の流れと、そこにいる沢蟹や川海老など、綺麗な水にしか棲まない生き物をジッと眺めるのが好きだった。
「真緒!いい加減にしろよ」
少女の伯父である武は、シビレを切らせて声を荒げる。
しかし、真緒は不満なのか、声のトーンを落として〈はぁ〜い〉と生返事をした。
真緒の母親である美奈子と武は姉弟だ。美奈子と武は15歳年が離れている。
武の上2人が女の子だったので、父親がどうしても男の子が欲しかったらしい。
美奈子が結婚したのが20歳の時だが、武はまだ幼稚園の年小組だった。
それが今や、娘の真緒は中学1年生。武は高校3年生。はたから見る感じは兄妹のようだし、本人達も違和感無く、そんな感じで接していた。
真緒は母親と共に実家に遊びに来ていた。目的は稲刈りの手伝いとシメジ採り。稲刈りは昨日までに終った。
今日、美奈子や父親達はシメジ採りに山に入っている。
武は真緒の相手をしているのだ。
武は空を仰ぎながら、
「そろそろ雨が降りそうだ。さっさと帰るぞ!」
先刻まで射していた日光は影をひそめ、灰色の雨雲が山を覆いだして風が強まってきた。
「ホントに?」
河原から離れながら、真緒が雨雲を見ようと空を仰いだ時、岩苔に足を滑らせた。
「キャッ!」
真緒はその場に倒れ込む。
「お、おいっ!」
武は素早く河原に駆け降りると、真緒に近づき身体を抱き起こす。
「大丈夫か!怪我は?」
「ヒザと…肩を少し……」
弱々しく答える真緒。言うとおり、ヒザは擦りむけて血が滲んでいるし、他にもあちこち擦った跡が見える。
ただ、たいした怪我では無い。安堵した武は、真緒を咎めた。
「オマエがそんな恰好で河原に降りるからだ」
白っぽいパーカーにデニムのスカート。足元はデッキシューズと、とても山の河原に入る服装ではない。
「ごめん。武兄ちゃん……」
すっかり意気消沈してしまった真緒を見て、武は〈少し言い過ぎたかな〉と思い、優しい声でフォローする。