多分、救いのない話。-4--1
葉月真司は、昨日のあの時に浮かんだイメージが実際のところどうなのか、どう確かめればいいのかを悩んでいた。
葉月はまだ教師歴二年目の新米で、どうしたってこういう時は経験不足だ。
経験不足が原因で判断がつかないなら、経験豊富な先輩に相談すればいい。どう考えても葉月には荷の重すぎる問題だ。しかし、単なる勇み足だった場合、無意味に神栖を傷つけるだけともなる。
考えた挙句、養護教諭の水瀬奈津美<みなせなつみ>に相談することにした。教師歴二十年、ベテラン教師。丁寧で生徒の話を親身に聞き、決して子供だといって下に見たりしない、その姿勢は葉月が密かに手本にするほどいい教師だった。何よりも、神栖と仲がいい。相談しない手はなかった。
「メグちゃんが?」
水瀬先生が神栖と仲がいいのは、神栖は保健室の常連だからだ。昼休みに良く眠りに来ているらしい。注意しようかとも思ったが、水瀬先生が気にしていないのでそのままになった。だが今考えると、もしかしたら何かを相談したがっていたのかもしれない。サインはきっと、気付いていないだけで、あった筈なのだ。
「かもしれない。でも、今私達は気付いた。それだけが事実。今は私達に出来ることをしましょう」
「……はい」
水瀬先生がシャーペンのお尻をかじる。ガリガリガリ。どうしようもなく神経を逆撫でする、そんな音。
「まずは児童相談所に連絡しなければならないんだけど」
無論、葉月もそれは考えた。というより、考えなければならなかった。だが、神栖本人が否定している以上、保護司に対しても否定する可能性は高い。そうなると様子見の可能性が高まり、エスカレートする可能性も高まる。可能性、可能性。可能性を考えると、本当にキリがなかった。
「とにかく、事実確認を。多分今日の昼休みもここに来るでしょう。心身の状態が緊急を要するようなら一時保護も視野に入れながら児童相談所に私達から連絡する。それでいい?」
今はそれしかないだろう。葉月一人では袋小路だったが、やはりベテランは決断が早かった。話してよかった。
「ただ……ね。うん。もしかしたら、の話なんだけど」
「なんですか?」
しかし水瀬先生は言い淀む。言葉を選んでる、そんな感じがした。
「もしかしたら、なんですか?」
「……あくまでね、水瀬奈津美の言葉として聞いてほしいんだけど」
勿体ぶった言い方に、苛立ちよりも不安が募る。葉月は黙って、水瀬先生の言葉を待った。シャーペンが躍る。くるくると。くるくるくる。狂る包る繰る来る。
「……多分、学校側は積極的には動かない」
シャーペンを不吉に躍らせながら吐き出された言葉は、少なくとも葉月の頭の中ではあってはならない言葉だった。故に、理解が遅れる。
曰く、神栖の母はこの学園に多大な寄付をしているということ。
その寄付が無くなれば、おそらく学園の経営が立ち居かなくなるということ。
故に学園関係者は、神栖の母親には頭が上がらないこと。