結界対者・終章-1
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なんで、こんな事になっちまったんだろう……
閉ざされた闇の中、薄れていく意識の波に、ふとそんな事が浮かび、やがて溶ける様に消えて行く。
腹の辺りから感じていた、烈しい熱を帯た突き刺さる痛みは、やがて躯の全てに響きわたる様な低音の鳴動に変わり、そのまま絶え間なく響き続けていた。
なんでだろう…… な……
不意に、つい先程の、腹に刺さった春日ミノリの手首が、その光景が鮮明に闇の彼方へ蘇る。それから、その直前の睨み笑いの表情、別れ際のバカ本の背中、そして今朝の間宮、微笑む間宮……
俺、死ぬのかな…… 畜生……
その時、だった。
ガタンと聞き馴染みのある音が闇の彼方に微かに響き、そこから足音の様な…… いや、足音が此方へ、まるで迫り来る様に勢いを増しながら繰り返し響きわたった。
な、なんだ……?
教室の出入り口の引き戸が開く、誰かが来る、俺が知ってる何かが来る!
そして、それは……
おそらく俺を助けてくれる、この感じは……
間宮…… か?
間宮が来てくれた?
いや、まさか……
「刻、転っ!」
叫ぶ声と同時に、時間が戻る時に感じる異質な感覚が全身を突き抜ける。
闇が晴れ、一瞬のうちに目の前に教室の風景が蘇る。
しかし、これは、
間宮じゃない?
間宮の声ではない、だが、誰かが、時間を戻した…… っ?
「イクト君、大丈夫?」
そこには、あのメイド服を着たままの…… あの、サオリさんが、背中を此方に向けたまま、振り返りながら横顔で微笑んでいた。
「え…… ええ?」
答えに詰まる、だから上手く声にならない。恐らく俺は大丈夫だ、しかしこれは一体……
「くっ、何よ、これはっ!」
その彼方で、春日ミノリが、此方を睨みながら苛立ち気に吐き捨てる。すると、目の前のサオリさんは向き直り
「まったく…… それは、こっちの台詞よ、春日さん?」
静かに、重く、言葉を返した。
向き合う、いや、対峙していると言うべき二人の間は、凍結した鋼の様な緊迫で埋め尽され、俺はただ息を飲む事しか出来ない。
「刻の鐘…… 遂に正体を現したわね? でもね、セリのお姉さん、あなたは何も出来ない。そして何も出来ないまま、ここから消える事になる」
先程とは一変、表情を緩めた春日ミノリが、ニヤリと口許を歪ませながら、淡々とこちらに語りかける。