FULL MOON act3-7
彼は私の部屋に泊っていい?と尋ねる。それが何を意味するか瞬時に理解した私は舞い上がった。三ヶ月も触れてこないということは、私に女としての魅力がないのでは?――
そんな疑いが頭を悩ませていたのだ。しかし、杞憂だったらしい。前日だというのに念入りに体を洗う。
…そんなこと、思い出したくもなかった。私は今から彼と再度別れ話をするに違いないのに。冷えたコーヒーを一気に飲み込む。実はMコーヒー以外は苦手なのだ。苦さで頭が覚めればいい。それに元カレの前ではなんとなく背伸びをしたい気分だった。
「ごめん、ちょっと遅れた。」
ドキン!と心臓が強くうつ。
来てしまった。
――西野啓太。私が一度深く愛した人。
スラリとした体型に、少し伸ばした茶髪。彼は美形の部類に入るだろう。そしてどこか中性的でもある。色素が薄い、といってもいい。
時計を見ると5分過ぎた程度である。しかし、彼は滅多に遅刻などしない。珍しく思った。
「大丈夫。忙しかったの?」
「ああ、平気。ちょっと急に予定が入っちゃっただけ。」
彼は私と同じくコーヒーを頼む。そして私がコーヒーを飲んでるのを目にとめた。
「めぐ、コーヒー飲むの珍しいね。」
めぐ。私は久しぶりに名前を呼ばれ激しく心臓がわなないた。久しぶりなことに緊張しているだけだ。大丈夫。
「…うん。最近好きになったの。」
嘘だ。高坂さんが好きなコーヒーを頼みたかっただけ。そばに感じたかったのだ。私はもう揺れたくない。しかし、名前を呼ばれただけで激しく動悸がうつ。目の前の彼を欲していた自分を思い出してしまう。イヤだ…。息をつくと、気になっていたことを尋ねる。
「何で、会いたいって、言ったの?」
私はもう揺れないって…決めた。
彼は私のそんな態度にいささか戸惑ったのか、目を伏せた。
「初めは…やり直そう、って言おうと思った。」
そうして、運ばれたコーヒーに一度口を閉じた。スプーンで二、三回かきまぜるとゆっくりと口に運ぶ。まるで時間がとまったように感じるその所在は、彼に引き込まれる魅力の一つである。
しかし私は、もうそれを見つめているだけの女ではないのだ。早く続きが聞きたい。これ以上彼に呑み込まれたくないのだ。
「それで?」
強引にその流れをさくと、彼は伏せていた目を私にむける。
「…けどやっぱり、無理だから、本当のことを言おうと思って。」
「本当のこと?」
私は顔をしかめる。
「俺、ずっと気になってた人がいたんだ。」
――気になってた、人?
「めぐと付き合ってから、めぐを本当に愛していけるって思ってた。ホントに好きだったよ。…けど…このあいだ、その、気になってた人が実は俺のことを好きだったらしいって知って…めぐと付き合っていても…頭にちらつくんだ。浮気なんかしてないし、気持ちもすっかりなくなってたと思ってたのに…俺…」
彼は再び目を伏せて、苦しそうな顔をする。彼のこんな顔は初めてだ。私の前でも、私が泣きわめいて別れない、と言っても黙って、抱きしめていたのに。ごめんね、と。