「あなたがいない、これから」-1
月を仰ぐ。
幾千の星に包まれながら。
波の音と潮の香り。
大きく息を吸うと、海から吹く、塩辛く湿った空気が肺一杯に満たされる。
母の胎内の音は、波の音に似ていると言うけれど、
海に抱かれている今、
俺はもしかして未だに、胎内にいるのかもしれない。
輪廻転生。
何度も何度も、繰り返す。
裸足には少し冷たい砂浜も、月明かりの下で美しく黄色に照らされる。
少し力を入れて砂に足を沈めると、ひんやりとした感触が指の間に入り込んで来て、なんだかくすぐったい。
「海って、懐かしいよね」
ふみはそう言って俺の手を軽く握った。
「別にさ、海の近くで生まれ育ったわけじゃないのにね」
膝までまくり上げたジーンズに、海水が深く染みつく。
波は相も変わらず懐かしい音を響かせ、押したり引いたりを繰り返している。
「全ての生き物は海から生まれたって、お兄ちゃん知ってる?」
俺より二十センチも身長の低いふみが、月を見ていた時くらいに首をうんと曲げて、俺を見上げる。
「だから、懐かしいのかな」
ね、と首を傾げる妹を見て、抱きしめたい衝動を必死に抑える。
俺は気付かれないよう密かに深呼吸をする。
ふみは小さな体に、薄い黄色で、花柄のワンピースを着ている。
その裾が風でひらひらと揺れる度に、
同じように俺の心も揺れているような気がした。