故蝶の夢〜帰ってきたあいつ〜-5
「扉の中は、本人の心の中らしい。よっぽど学校が好きな奴なんだろうな。誰だろ?」
心の中?そんな所に土足で入り込んで大丈夫なのだろうか?
プライバシーの侵害なんじゃ・・・
そんな私の心配をよそに多輝はどんどん中へと進んでいる。私が立ち止まっている間に、繋いでいた手は離れていた。
(あーあ・・・)
残念に思いながら、走って追いつこうとしていた時だった。
突然、足首をつかまれ、誰かに引っ張られたような感覚があって、私はすっ転んだ。
「お前なにやってんの〜?よく何もないところで転べるよな。」
廊下に転がる私を見て、けらけら笑っている。
「違う!誰かに足を引っ張られたの!!」
「はいはい」
多輝は私の必死の訴えを適当にあしらい、学校の掲示板なんかを見ている。
「なぁ・・・この日めくりカレンダーさ。」
「何よ。」
私はちょっと膨れながらも多輝の指さすカレンダーを見た。
「5日前で止まってる」
「え・・・」
そうそれは、多輝の死んだ日。
急にさっきの言葉を思い出した。
―扉の中は、本人の心の中らしい。
(じゃあ、心の中の時間がそこで止まっているっていうこと・・・?)
私みたいに。
そう思い至ると、これ以上進むのが、急に、怖くなった。
(・・・戻ろう!)
多輝に、そう伝えようと口を開いた時だった。
「あれ・・・?つぐみ?」
多輝はきょとんとした後、何やらきょろきょろし始めた。
「どうかしたの?」
私は確かにその言葉を発したはずなのに、その声は多輝にも、自分自身の耳にさえ届かない。
(え・・・?声が出せない。姿も・・・)
私は自分の手を見た。つもりだったのだが、そこにはただ、廊下のタイルが見えるだけ。
まるで透明人間にでもなったかのようだ。
「先に教室行ったのかな〜?」
多輝は頭をカリカリかきながら、私達の教室の方角へと歩いて行ってしまった。
(私はここだってば!気づいて!!)そう、声にならない声で叫んだ。
―私の気持ちが分かる?
(!?)
どこからか私の耳にだけ聞こえる程小さい声が降ってきた。
(誰・・・!?)
―ここに確かに私はいるのに。彼は私を見てはくれない・・・。その気持ちがあなたにわかる?
胸が締め付けられるような、悲しい声だった。私はこの声の主を知っている。
(西崎さん・・・なの?)
声は、その質問には答えない
―今だけは・・・私だけを見てもらえる最後のチャンスなの。絶対、邪魔させない!