空の飛びかた-1
「ねえ、なんで私と結婚しようと思ったの?」
結婚記念日を祝うために予約した少し洒落たレストラン。
育児に専念するあまり中々できなかったメイクも、今日だけはとバッチリきめて。
普段は邪魔になるからと束ねるだけの髪も、きっちりセットして。
いつもなら飲まないお酒の力を借りて、昔から聞きたかった疑問をぶつけてみた。
そしたら貴方は、いつもの少し疲れた顔をあげて。
普段着ているヨレヨレの背広をきちんとただして。
少し考えたあとに、育児中には見せない男の顔をして、こう答えたの。
「なぁ、もし君が飛行機の操縦を教わるとしたら、何から教えてもらう?」
この質問の意図をはかりかねる私は、ゆらゆら揺れる深紅の液体を眺めながら
「飛ぶ方法、かな」
と答えた。
その言葉を聞いて貴方は満足そうな笑顔で
「だから君と結婚したんだ」
と言った。そんな危なっかしいヤツには俺がついてないと。
その顔は少し赤らんでいて照れくさそうに見えたけれど、飲みなれないワインのせいって事にしておいてあげよう。
結婚記念日を祝うために予約した少し洒落たレストラン。
十年前の今日、貰った指輪はあの頃より少しくすんでしまったけれど、きっと十年後も変わらずに今より節くれた指に収まっているだろう。
そしたら次は私から、貴方がしたのと同じ質問をしよう。
きっと「着陸の仕方」と答えるだろうから。
そして貴方と同じように「だから結婚したのよ」と教えてあげよう。
慎重派の貴方を引っ張っていくのは私しかいないと思ったの、と。
少し赤くなった頬をワインのせいにして。