旅立ちの日-1
「今、何て言った?」
「だから、さっき会ったコとデートして欲しいのよ!」
藤野一巳は、友人である土田の家に遊びに来ていた。
話は30分前に遡る。
土田の部屋へ行くと、すでに誰か来ている。ひとりは土田の彼女、大久保美那だが、もうひとりは初めて見る女の子で美那と同じ制服を着ている。
美那が彼女を紹介する。
「友達の名越里香ちゃん!」
はにかみながらペコリと頭を下げる。目鼻だちがはっきりして、赤い唇が印象的だ。少し大人びて見えるが、まさに〈リカ〉という名前がぴったりだと一巳は思った。
一巳は里香に、
「美那ちゃんと同級生って事はオレらのいっこ下か……見えねーな」
となりで聞いていた土田も一巳と同意見らしく頷いている。
「どういう意味?一巳さん」
美那は一巳の意見を心配気に聞いた。彼女はいつもの〈歯に衣着せぬ〉一巳の言動を心配していたのだ。
「いや、彼女…里香ちゃんって美人顔だもん。大人っぽく見えるからさ」
その意見に美那はホッとしたが、今後は里香が頬を染めて俯てしまった。
「そんな……私なんて…」
返答に困っている里香に、一巳は追い討ちを掛けるように、
「イヤ、自信持っていいよ。オレが保証する。今でそれだもん、化粧して少し痩せたらスッゴい美人になるよ」
美那が心配した事が起こった。一巳は良いヤツなんだが、いつも一言余計なのだ。〈少し痩せたら〉なんて初対面で、まして女の子に言う言葉じゃない。
だが、里香は気にした様子もなく、さっきまでの緊張が解けたのか笑みを浮かべて、
「私、そんなふうに言われたの初めてです。一巳さんって良い人なんですね」
一巳も笑いながら、
「オレも〈良い人〉なんて言われたのは初めてだな」
「普段は何て言われてるんです?」
一巳はしばし考えてから、土田を親指で示すと、
「そうだな……コイツなんて〈おせっかい焼き〉とか…〈人の心に土足で踏み込むヤツ〉とか言うけど」
里香は手を口元にあてて、クスクスと笑いだした。まさに〈その通り〉と思えたのか。
夕方になって里香は帰ると言いだした。美那が一巳に、
「里香ちゃんをバス停まで送ってよ」
振られた一巳は〈何でオレが 〉と言い掛けたが止めた。いくら思った事を口にする一巳でも、それくらいの配慮は心得ていた。