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地図にない景色
【初恋 恋愛小説】

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地図にない景色・2-5

 そんな親友を――高坂恵美をあたしはこれから失うかもしれない。
そう思うと胸が張り裂けるほど怖いのだ。
(なら、止せばいいじゃない)
 あたしのなかの暗く弱い部分が、顔を覗かせそう語りかける。
(なにもそんな危険を冒してまで、こんなことをする必要がどこにある?)
(今からでも遅くはない。来た道を引き返してしまえ)
 けれども、そんな誘惑を、あたしは唇を強く噛んで堪えた。弱気な自分と決別するように、鈍っていた足の動きを速める。
 ――それではダメなのだ。
確かにそうしたならば、恵美を失わずに済むかもしれない。
 でも、その代わりにあたし達は、これから一歩だって前に進めなくなってしまう。
 ましてや恵美のことを親友だと思うなら尚更のこと。
このままズルズルと問題を抱えたまま付き合いを続けたとしても、そんな言いたいことも言えなかったような関係では遠からず行き詰る。
 恵美のためにも、そして何よりあたし自身のためにも、こんなくだらない問題とはさっさとおさらばするべきなのだ。
 そんなことを考えながら歩くこと、およそ十分。
「ここは……」
 それまであたしの一方的な言葉を律儀に守り通していた恵美が、とうとう声を発した。
 そこは商店街のなかにある小さな公園の入り口。地元の人には『ひよこ公園』などと呼ばれて親しまれている場所だった。そして、あたし達二人にとっては……、
「覚えてる、恵美」
 歩を止め、背中を向けたまま、あたしは後ろにいるはずの恵美に問いかけた。
「あたし達、あのコンビニで初めて盗った商品をここで分け合って食べたよね」
「っ!?」
 顔を見なくても恵美が驚愕に息を飲んだことは気配でわかった。
さあ、これでもう後戻りはなしだ。
 あたしは大きく深呼吸して、公園のなかへと足を進める。
――覚悟は出来た。
あたしと恵美がお互いに笑い合える未来はこれからの結果、あの男の手にかかっている。


 平日のひよこ公園は、人気もなく伽藍としていた。
 普段なら小さな子供やその連れの奥様たちでもう少しばかりは賑わっているのだろうが、お昼時とあって今は人っ子ひとりいない。
 そんな心寂しさの漂う敷地のなか。
 目的の彼はベンチに凭れかかるようにしてあたし達の到着を待っていた。
 その視線は空を見上げ、時たま思い出したようにタバコを吹かしている。
 それはまるで一枚の風景画。
 背景単体ではただの日常風景。けれど、篠北光司という人物がそこに混じりこむことで、それは寂寥感を持つ名画へと早変わりしていた。さしあたって題名をつけるとするなら、『待ち人来ず』といったところか。
 なんにしても、あまりにも見事すぎて場の空気を乱すのが少し躊躇われる。
 こういうのも惚れた欲目というのだろうか?
 とはいえ、このままでは埒が明かない。意を決し、絵のなかへと踏み入る。
 必要以上に足音を立てたのは、これが現実なのだと自分に言い聞かせるため。
「お待たせ」
 愛想もヘッタクレもないあたしの挨拶に、閉じられた彼の瞼がゆっくり、本当にゆっくりと開かれていく。
「来た、か」
「うん。ずいぶんと待たせちゃった?」
「そうでもない。俺もついさっき来たばかりだから」
 答えて、う〜んと、伸びをする彼。そんな彼の様子を、あたしは半ば呆れた気持ちで眺めていた。
 ――今来たばかりとはよくも言ってくれる。それなら吸殻でいっぱいのその携帯灰皿はなにさ。
 あたしの視線の行き着く先に気づいて、彼は困ったように笑う。


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