地図にない景色・2-4
それなのに、こんな初めてかけたような電話で相手の顔も見れないまま、気持ちに気づかれてしまったからと、なし崩し的に告白するなんて、あたしは罷り間違っても望んではいない。
(どうしよう。なんとか誤魔化さなきゃ)
そうは思うのに、パニックで真っ白になってしまった頭では、そのための手段が一つとして浮かばない。あたしの口は言葉を成さず「あうあう」とか無意味に喚くばかり。これならどこぞの犬の方が、意思がはっきりしている分だけまだマシだ。
そうこうしている内に、彼はとうとうその一言を口にしたのだった。
「クスリなんかやってないだろうね?」
と――。
「なっ!?」
しばしの絶句。後に、
「な・ん・で!そうなるのよ!!」
嵐。
「だって、挙動不審もいいとこだったから。現に今さっきもそうだったし」
「挙動不審?今、挙動不審って言った?ええ、悪かったわねっ。どうせあたしは道に迷ってオロオロしてるところを、職務質問されるような女よ!だからって、どうしてそんなとこまで話が飛ぶの!」
「うん?俺の知り合いにそっち方面に詳しいやつがいてね。君の症状がそいつから聞いた話とあんまりにも似てたもん……」
「あたしは素面でクスリ漬けだって言いたいのか!」
皆まで言わせず怒鳴る、あたし。
まあ、そんなこんなの言い争い(といっても、熱くなっていたのは一方的にあたしだけで、彼はといえばいつもの飄々とした態度を崩しもしなかったのだが)がしばらく続いて、
「それで結局、君は何の用だったんだい?」
「おっと、そうだった」
彼の一言で本来の目的をようやく思い出したあたしは、咳払いをひとつ、言った。
「実は折り入って、あんたに頼みたいことがあるんだ」
「……頼みたいこと?」
あたしの声の質の変化から何かを読み取ったのだろう。一瞬、考え込むような間を取ってから返ってきた彼の声には、今までにはない鋭さがあった。いつぞやのコンビニを思い出す。
あの時、あたしの手を掴んで放った忠告にも今と同じような真剣な色があった。
そんな彼の言葉に見えもしないのにコクリと頷いて、あたしは言った。
「あたしの友達を助けてもらいたいんだ」
と――。
翌日の試験休み。
会わせたい人がいるからと恵美を呼び出したのは、あたしたちが初めて盗みを働いたあのコンビニだった。
約束の一時、五分前。
恵美は赤いミニスカートにトレーナという私服姿で現れた。いつもは勝気で自信にあふれた表情が、今は困惑気味に曇っている。
「ごめんね。急に呼び出したりして」
「別に構わないけど……。どうしたのさ、急に?それに会わせたい人って?」
「ごめん、今はまだ話せないんだ。お願い。今は何も聞かず黙って着いてきて」
矢継ぎ早の質問をそう打ち切って、あたしは足早に歩き出した。
恵美も腑に落ちないと顔に出しつつも、言われるままにあたしに従う。
季節はそろそろ、春から初夏へと移り変わる頃だった。
天高く昇った太陽もどこかその勢いを少しずつ増して、街全体を覆いつくそうとしているかのよう。こうして歩いているだけでも頬を不快な汗が伝う。
いや、これはそればかりが理由ではない。
あたしはたまらなく不安だったのだ。
何故なら、これからしようとすることがもし失敗すれば、あたしは友達を一人、確実に失うことになるのだから。
それもただの友達ではない。あたしは恵美のことを親友だと思っている。
付き合いこそ高校に入ってからの一年程度と短いものだが、こういったことに月日の長さなんて関係ない。
今から思えば恵美とは出会った頃から妙にウマが合った。知り合ったその日に意気投合し、喫茶店で何時間もおしゃべりに花を咲かせたほどである。
お互いの気の強さが災いして何度かケンカなどもしたことはあるが、それでも最後には二人とも笑顔で仲直りした。