ベルガルド〜敵国からの招待状〜-2
『この物語はここから1年前に遡る』
1年前、魔族の国、レオーベン。
ステンドグラスで彩られた黒く美しい城。ここは魔族のレオーベン城。
ヒトから畏怖されし、鷹のシンボルマークを携えたその城は、今まで一度も攻め込まれたことが無いといわれている。
この城では今まさに毎月恒例の朝礼が開かれようとしている。
大臣や女中らが皆、大ホールに整列しこの城の主を迎えるのが、朝の日課だ。紺色の長いワンピースに、白いエプロンを着けた二人の女中は、金銀で装飾され大きな鷹のエンブレムが刻まれた扉に手をかける。総勢300名。全員が集合し整列したのを確認すると、二人は互いにめくばせし、同時に両方の扉を開いた。
その華美な扉の先には、少しウェーブのかかった短い金の髪を輝かせ、深く蒼い瞳をたたえた青年が立っている。白いローブを着て、すらりとした高い長身に陶器のような肌、整った顔。その姿勢は微動だにしない。そして皆に向かって微笑んだ。
「いい朝だね、みんな。」
皆がざわめく。そして意外にも全員ががっかりとした表情を浮かべた。
「その反応傷つくなぁ。ベルガルド王からの伝言なんだけど、『無駄なことに時間を使うな』ってさ。そういうことだから、せっかく集まってもらって悪いけどみんな持ち場に戻って。」
次々とため息が聞こえる。整然と並んだ列の中から一人の若い男が抗議の声をあげた。
「カイ様!ですがこの朝の集会は先代や先々代からの習慣でございます。月に一度、唯一ベルガルド王を拝見できる機会ですのに・・・」
そうだそうだ、と皆が一斉に訴えるが、青年の表情は微笑んだまま変わらない。
「ごめんごめん、でもおかしな事件も続いているし、ベルはちょっと時間がとれそうもないんだ。悪いんだけど。」
皆文句を言いながらも自らの仕事に戻っていく。それを見届けた青年はきびすを返し、再び扉の奥に戻っていく。女中が後ろで扉を閉めるのを確認すると、更に奥へ。青年は日の差す渡り廊下を越え、城の離れにある塔を登っていく。その塔の最上階には装飾をなるべく控えた質素な扉が待ち受けていた。
「ベルガルド。」
コンコン、と2回続けてノックをする。返事はない。青年は構わずその扉を開け中に入り込んだ。
部屋の中には一人の人物がいる。
「なんで扉をたたくんだ、カイ」
カイと呼ばれた青年は、無愛想な声の主に向かって美しく微笑む。その先には赤い髪に赤い瞳のまだ幼い少年がデスクに座っていた。この少年が魔族の王。ベルガルド=レオーベンである。
「ノックっていうんだ。ヒトの世界では常識らしいよ、ヒトは気配も察知できないらしいからね。自分の存在を知らせるための知恵さ。」
ベルと言われた少年は燃えるような赤い目を、持っていた書類からカイの方に向ける。そして、その年齢と容姿に似合わない落ち着いた口調でカイに尋ねた。
「なぜそんな話をする。ヒトの国がどうかしたのか?」
カイは頷き、懐から取り出した手紙をベルガルドに向かって投げた。それは風を切り、トンという音を出して机上に斜めに突き刺さった。上品な薄い桃色の封筒で、赤い蝋でしっかりと封がしてあり、印が押されている。そのシンボルは桜を模したもので、誰もがよく見覚えのあるものであった。
「ヒトの国、アーレン国からの手紙、だな」
机から手紙を抜き取り、そのシンボルをベルはいぶかしむように見つめる。それとは対照的にカイはおもしろそうだ。
「さっき鷹の足にくくりつけて送られて来た。わが国のシンボルを使いによこすなんて、ずいぶん挑発的じゃない?ベル。」
ベルガルドは口の端を吊り上げてにやりと笑う。
「まぁ、ヒトと魔族は古くから天敵だ。戦争でも始めようっていう宣戦布告の手紙かもな。」
そう言うと封筒の上部を破り、中から便箋を取り出した。
その内容は二人が思いも寄らない意外なものであった。