Ethno nationalism〜長い夜〜-1
ーロンドンー
ベイルートでの暗殺から2日後、藤田はブリティシュ・グラフィック紙の社屋を訪れていた。
そもそも、パキスタンのカシミール地方で起っているムスリムによる分離独立運動を、彼らの依頼で取材に行ったのだ。
その帰りに佐伯からの連絡があり、レバノンを経由する理由から寄ったのだが、そのおかげで凄い映像を収める事が出来た。
「ナオ、旅はどうだった?」
にこやかな表情でそう訊いてきたのはチャールズ・オブライエン。今回のパキスタン取材を依頼した担当者だ。
イギリス人にしては小柄な身長で、腹も出て頭頂部も薄いためか、35歳という実際の年齢より老けて見える。
藤田は苦い顔で答える。
「5年前に初めて取材したが、パキスタン政府の弾圧がシフトアップしている。加えて05年の地震で惨嘆たるありさまさ…
至るところに戦闘や、食料不足による死人がころがってたよ」
藤田はバックパックからケースを取り出しオブライエンに見せた。収めた撮影済みのフィルムだ。
「レポートはどのくらい掛かる?」
「そうだな……2週間後でどうだろう?」
「だったらウィンザーに社の名義でアパートがある。そこで書いたらどうだ?」
藤田はオブライエンの申し出に首を横に振りながら、
「実はアンタに頼みがあってな」
「なんだい。あらたまって」
「レポートは1週間ほどで書けるだろう。そこで、今から日本に帰りたいんだが」
「そんなの電話一本で済む事だろ?何故わざわざ……」
オブライエンは笑顔で返す。が、藤田は真面目な顔で答える。
「アンタはクライアントだ。仕事上の変更点はクライアントに直接会って話すのが、オレのビジネス・モットーなんでね」
オブライエンは柔和な表情になると、
「ウチとしては、さ来月号のデッドエンド、3週間後までに書いてくれたらいいんだ。だから、ゆっくり日本に帰ると良い」
そう言うと、背広の内ポケットから分厚い封筒を藤田に渡した。
「これは?」
「1万ユーロ入ってる。あんたはいつもオレの予想以上の仕事をしてくれる。これは感謝の特別ボーナスさ」
「わざわざ……振込でもよかったのに…」
藤田の言葉にオブライエンは、片目をウィンクして笑顔で返す。
「オレも仕事上の変更点は、直接パートナーと会って渡すのさ」