Ethno nationalism〜長い夜〜-9
「失礼ですが……おひとりですか?」
佐伯の言葉に彼女は微笑むと、
「エエ……友人の誘いで日本まで…」
その言葉に佐伯は弾んだ声で、
「そいつは偶然ですね。私も日本に向かうんですよ」
「ホントに!あなたも観光に?」
彼女が眼を輝かせて訊いた。佐伯はジャケットの内ポケットから名刺を取り出すと、
「残念ながらビジネスです」
名刺には〈ナショナルトレーディングCO.〉と会社名が書かれ、その下には佐伯の名前と肩書きが載っていた。
「ミスター・サエキ?」
彼女の問いかけるような言葉に、佐伯は頷きながら、
「エエ、ベイルートで貿易商をやっています」
「日本人のあなたが中東の地で貿易業を……しかもCEOだなんて。素晴らしいわ」
「いえ、従業員5人の零細企業で細々とやってるだけですよ」
そう言いながらも、まんざらでもない顔を見せた。
「それよりも、あなたの事を知りたいな」
佐伯はそう言うと、白い歯を見せて笑顔を向ける。彼女はそんな言葉に慣れてないのか、わずかに頬を上気させると恥ずかし気に答えた。
「マリア…マリア・コーエン…」
「マリアか……あなたにぴったりの名前だな。コーエンって言うと、ユダヤ系ですね?」
その瞬間、マリアの顔が曇った。
「エエ。私の祖父がドイツ系ユダヤ人なの…」
佐伯はマズイ事を聞いてしまったと思った。彼女の祖父となれば、ドイツではナチズムが末期の頃だ。
「すまない……つい余計な事まで聞いてしまって」
佐伯が謝ると、マリアは両手を振りながら、
「気にしてないわ。その祖父がフランス移民を決めたから今の私が在るんだもの」
空港にアナウンスが入る。佐伯が乗る旅客機の搭乗準備が出来たようだ。
佐伯は立ち上がると右手を差し出した。
「じゃあまた。日本に着いたら名刺のアドレスに電話をくれないか?一緒に食事でもしよう」
マリアも佐伯の手を握ると笑顔で返した。
「ぜひ電話するわ!ミスター・サエキ」
佐伯は手を振りながら搭乗口へと向かった。その姿をマリアは目を細めていつまでも眺めていた。