Ethno nationalism〜長い夜〜-7
「まったくだ……」
藤田の言葉を、静代はフォローするように間に入る。
「先日、ナオさんの個展見たわ。戦火の子供達を撮った……」
それはつい先月、近くのデパートで催しされたモノだった。題名は〈ナショナリズムの犠牲者〉。
国と国、地域と地域で紛争が起こった場合、いつも犠牲になるのは女子供だ。その惨状を撮った写真100点あまりを個展と称して展示したのだ。
「あの中で〈佇む少年〉って作品が一番印象深かったわ……」
静代はそう言うと視線を遠くに移した。
その作品は藤田も強烈に印象が残ってる。それは彼が初めてジャーナリストとして挑んだ、チェチェニアでの出来事だった。
ある日。取材中、教会に出くわした。教会の広場で火を焚いていた。が、その煙は黒い色をして空に舞い上がっている。
よく見れば、格子状に組まれた木に、人間の姿が見える。彼等は戦闘や流れ弾で亡くなった同胞を焼いていたのだ。
藤田はいたたまれない気持ちになりがらもシャッターを押していく。すると、火のそばに佇む少年に目がいった。
10歳くらいだろうか。その子は舞い上がる炎を毅然と見つめて微動だにしない。背中には2歳くらいの子供を抱えている。
その子供は目を閉じてわずかに口を開き、眠っているように見えた。
「誰か亡くなったのかい?」
藤田はそれしか聞けなかった。だが、少年は藤田に作り笑顔を見せると力無く言った。
「弟を葬ってやろうと思って」
藤田はギョッとした。改めて少年の抱える子供を見た。
頬は煤に汚れ、ハエがたかっている。
「ロシア軍の爆弾に巻き込まれて……昨日、息を引きとったんだ…」
藤田は彼の了解を得てシャッターを押した。それが静代の言う写真だ。
少年の眼はすべてを諦めたように映り、背中の弟が弱者の哀れさを表していた。
「あれは素晴らしかったわ。ピューリッツァー賞にノミネートされてもおかしくないくらいに」
静代の本心から出た言葉だ。だが、藤田には別の意味に聞こえたのか、皮肉混じりに返答する。
「そのピューリッツァー賞を輩出するアメリカが武力介入では世界一なんだ……」
つい口をついた言葉だった。だが、慎也と静代は黙ってしまった。
藤田は慌てて取り繕うように、
「昼間っから湿っぽい話になっちまったな……久しぶりに2人と会ったのに」
そう言って話題を変えた。
「ナポリタンとブレンドをもらえるかな?大盛りで」
藤田の言葉に慎也は〈ハイよ〉と答えると、キッチンへと廻った。