Ethno nationalism〜長い夜〜-6
「じゃあ、そのウォッカを」
しばらくして先ほどのCAが、トレイにグラスを乗せてやって来た。佐伯はグラスを受け取ると、一口、口にふくむ。
なめらかな舌ざわりの後に強烈な刺激が喉を締めつける。本場ロシアのウォッカだ。
佐伯はすぐに呑み干すと、2杯目を注文した。
機体はゆっくりと東へ向きを変えた。眼下には雲海が広がり、上空からふり注ぐ陽光にキラキラと光って見える。
2杯目を呑み終えた佐伯は強烈な眠気に襲われた。朝早く起きたためだろう。
彼はシートを少し倒すと、少し眠むる事にした。
ー日本ー
昼近くになって藤田は目覚めた。夕べの酒が残っているのか、ガンガンと頭痛がする。
「何て格好だ……」
思わず口についた。服はそのままで靴は履いたまま。そこへと続くフローリングには足跡が白く残っている。
藤田は手早くシャワーと洗面を終えると身支度を整えて、近所の喫茶店に出向いた。
住宅街から見える広葉樹は黄色く色づき、秋の気配を漂わせている。
目当ての喫茶店の前に来た。ここは藤田が日本に居る間の憩いの場とも言うべき場所だ。
「こんにちは!」
藤田は笑顔で喫茶店のドアーを潜る。すると、マスターとウェイトレスとおぼしき2人は驚いた顔を見せ、次の瞬間、破顔して出迎えた。
「おおーーっ!久しぶりじゃないか!」
マスターが藤田に声を掛ける。白髪混じりの髪をオールバックにとかしあげ、ネクタイにエプロン姿。マスターというよりバリスタを思わせる。
「ホントに!どこ行ってたの?何も言わずに……」
ウェイトレスの女性が藤田に寄って来た。30前後だろうか。細身のブラウスにタイトスカートがよく似合う。高級ブティックのマヌカンのようだ。
マスターは寺内慎也。ウェイトレスは慎也の娘、静代。藤田が知っているのはそれだけだ。
藤田は2人の声に苦笑いを浮かべながら止まり木に座った。
「パキスタンのカシミール地方さ。急に仕事が決まってね」
「カシミール?」
静代が訊いた。
「カシミヤの語源になった地域さ。もともとはそこのゴート(山ヤギ)の毛皮の事を言っていたんだ。インドの北東部だよ」
「次はいつなんだ?」
慎也が藤田に問いかける。彼は〈んーーっ〉と考えながら、
「とりあえず3週間は何も無いかな……今回のクライアントに拘束されてるからね。その後は分からないな……依頼され次第、出掛けるから」
「因果な商売だな……」
その言葉に藤田はまたも苦笑いを見せる。