Ethno nationalism〜長い夜〜-11
「お前なぁ、先にソッチを持って来いよ」
「まあ、つまみながら呑れば良いじゃないか」
笑顔で話す藤田に対して相川は急に真面目な顔をすると、
「ソッチは後にして本題に入ろう。呑るのはその後だ」
相川はそう言うと、スーツの内ポケットから数枚の紙きれを取り出し藤田に渡した。
藤田は喰い入るように、紙きれに書いてある内容を見つめる。
読んでいく内に、いくつかの疑問点が浮かんできた。藤田はそれを相川にぶつけていく。
「このブランクはどういう意味なんだ?」
補足するように相川は説明する。
「最初のところは分からなかった。瞬間的に光ってるから、口元が見えないんだ」
「すると、何か前置きがあって〈同胞達が浮かばれない〉と言ってるんだな?」
相川は頷きながら、
「そこは英語で言っている」
「そこは?じゃあ、この〈ご機嫌よう〉ってのは英語じゃないのか」
相川は藤田の問いかけに、大きく頷いて、
「そこはヘブライ語だ。実際には〈シャローム〉と言っている」
「シャローム?あのユダヤ人が使う挨拶の」
「そうだ」
藤田はキツネに摘まれた思いだった。
〈シャローム〉とは、〈貴方の身に至福の時がおとずれますように〉という意味の言葉だ。
(人を殺る時に〈シャローム〉とは……なんて奴だ)
確かにベイルートにはユダヤ人街があるくらいだから、ヒットマンがヘブライ語を使っても不思議でない。
だが、彼女の顔立ちが、フランスや北欧などの線の細い美貌の持ち主で、ユダヤ系とはあまりにも掛け離れて見えたのだ。
あえて共通点を言えば、青い眼くらいか。
しかし、目の前に座る相川は、読唇術にかけてはプロだ。藤田は彼を信じる事にした。
「すまなかったな。何日も、手を煩わせて」
そう言って相川のグラスにターキーを注ぐ。
「ナオ……」
「何だ?」
「オレは今回の件をキッパリ忘れる。だから教えてくれ。これは、オレ達のような小市民に関係する事なのか?」
相川はそう言うと、眼に力を込めて藤田を見据える。職業柄、探求心が働いたのだろう。
藤田は真剣な眼差しで答えた。
「火事にはならないが、火の粉位は被るだろうな」
「そうか……」
藤田の答えに相川は、しばらくグラスをもて遊びながら、
「じゃあ、こっから先は聞かない。オレは知らない」
「すまないな」
藤田は心底すまなそうに言った。それを見つめる相川はニヤつきながら、
「こんなナイーブな話じゃなく、今度は笑える話を持って来てくれ」
相川がグラスを持つ手を挙げた。
それに応えるように藤田もグラスを挙げると、
「今度は結婚式の招待状でも送るよ」
2人のグラスが、再び重なり合った。