『私のおさまる場所』-1
「申し訳ございません、閉店の時間になりましたので・・・」
お店の人に告げられ腰を上げる。この夜、私たちの関係は変わった。
終電の時間を気にしながら、私たちはお互い、なんとなく別れ難くて、離れ難くて、あてもなく歩いていた。何を目指すでもなく、ただ歩いていた。
隣りを歩く彼と、たまにぶつかる肩。時々顔を見合わせて微笑む。言葉のない会話。街の喧騒とは対照的に、静かな空間がとても居心地よかった。夜の冷気が、体温を奪う。酔い心地の頭が、スッと冷える。
そうやって時間を過ごしていた、その瞬間。私は彼の白い息をとらえた。続いて彼が言葉を発する。
「あのさ、」
次に何が続くか、なぜか私には分かった。体がフッと熱くなる。
「好きだよ。」
突然の告白。だけど私にとっては突然という感じはなくて。びっくりしなかったわけではない。でも、彼が口を開いたとき、この言葉はすでに私の心に届いていた。
『好きだよ。』私はなんと返していいか分からなくて、「うん。」としか言えなかった。
「彼氏がいるの、知ってるけどさ。」「うん。」
そのあとどうやって別れたのか、何か話をしたのか、よく覚えていない。気付いたら電車に乗っていた。昨夜のことを思い出すと、今更ながら動揺する。
「慶太に告白されっちゃった・・・」
『彼氏がいるの、知ってるけどさ。』彼氏がいるのを知っていながら、彼は何を望んでいるんだろう。
何も望んでいないのだろうか。何も望んではいないのに、伝えずにはいられなかった想い。そう考えると、昨夜の告白はとても大事なもののように思えてくる。
「私も好きだよ。」もう少しで出そうになった言葉。でも、私には彼氏がいる。私もあなたが好きだよ。でもね、付き合えないの。だけど、気になる。
あの日から、私の中で彼の存在が、少しずつ大きくなっていった。
慶太は大学時代のサークルの同期で、そのころからとても気が合って、2人で遊びに行くことも多かった。
同じサークルの女の子には、「付き合ってるの?」なんてからかわれもしたけど、付き合ったことは一度もなかった。お互い、お互いを気にしていたのはなんとなく分かってた。
だけど私が彼を意識するとき彼には彼女がいて、それ以外のときは私に彼氏がいて、お互いいくつかの恋をし、そんな感じで恋愛に至ることはなかった。
不思議なことに、彼と恋の話をすることもほとんどなかった。でも会話は尽きなかった。私たちはなんとなく似ている2人だった。
大学を卒業して就職し、私は職場の先輩と付き合うことになった。5つ年上の大人な彼。
性格も考え方も正反対の彼は、私にとって刺激になることも多かったし、なによりとても真面目で優しかった。不満は何もなかった。近い将来、私は彼と結婚するんだと、確信していた。
確信していた、あの夜までは。
あれから1週間。慶太からの告白は、後から後から効いてきた。とても揺れてる自分に気がついた。仕事中、考えるのは彼のことばかり。
大学時代一緒に過ごした時間、バカばっかやってたこと。ほのかに想いを寄せてた頃のこと、それから・・・やばい。仕事が手につかない。なんなんだろう。
私は慶太が好きなの?好きじゃない。でも好きなのかも。というか、ずっと好きだったのかも。え?そうなの?!そうなの?!!
・・そうじゃない、私が好きなのは今の彼氏、恒治でしょ、私のバカ!!自分で自分を諌める。
はぁ、疲れた。自分の心が分からない。分からないほど、揺れている。