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『私のおさまる場所』
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『私のおさまる場所』-2

「どうしたの?随分疲れてるみたいだけど。」
恒治の家。今は一緒に夕飯を食べて、テレビを見ている。だけどテレビの内容は私の頭には全然入ってこない。
気付くと私は慶太のことを考えて苦悩している。今も無意識に慶太のことを考えていたようで、恒治に指摘される。さらに心が苦しくなる。
ごめんね、恒治。あなたは悪くないのに。私は苦しくなって聞いてみる。
「ねえ恒治、どこからが浮気?」
突然の質問に戸惑う彼。だけど誠実な彼は少し考えて、
「自発的なキス以降はアウトでしょ、だけど気持ちだけ傾いてるのも、いれようかな」
そう答えて、
「でも突然どうしたの?」
怪訝そうに尋ねる。
「浮気ってこわいなって思って。」
浮気ってこわいなって思って。私の、正直な気持ち。
すると彼は
「俺が浮気したら、って心配してるの?」
いつもの笑顔で応える。
「ううん」
私もいつもの笑顔で答える。
ううん、違うの。心配してるのはあなたの浮気じゃなくて、こわいのは私の浮気心。気持ちだけ傾いているこの心。
精神的な浮気は、肉体的な浮気よりも罪が重いのではないだろうか。肉体的な浮気には、いつか終わりがくる。
今までだってチャンスはあったし、今だって、慶太と体を重ねることは容易い。だけどそういう関係になれば、私たちの関係は破綻するだろう。
恒治を裏切ったという罪悪感は残るかもしれない。けれど、もしかしたら、楽になるんじゃないだろうか。体は軽い。心は重い。
精神的な浮気は無時間の中にある。目を閉じればいつでも慶太が目の前に現れる。大好きな彼氏の隣りにいる今でさえ。
こんな自分が嫌。そして嫌と思いながら何もできない自分が嫌い。

「どうしたの?浮気なんてするわけないだろ?そんな悲しい顔、しないで。」
彼の顔が近づいてくる。私は目を閉じる。私の唇に優しい唇の感触。
だけど、私の瞼の裏には慶太がいた。これって罪なことではないだろうか。
ぎゅっと目をつぶり、慶太を追い払う。目を開けるのがこわくて不安で、恒治にしがみついて、気付かれないように、少し泣いた。
ねえ、私はあなたを裏切ってないよね。決定的な裏切りは、まだしていないから。私の地盤が緩んでいく感覚に襲われる。自業自得。わかってる。わかってる。
あなたの前でふるえているのがやっとだ。だけど、恒治はやさしいね。いつもと同じ恒治のにおい。


私は決めた。決断することに決めた。知らなかった。受け入れるほうが優しくて、断ち切ることがこんなにも難しいなんて。
だけど私は決断することに決めた。決めたら少し楽になった。
慶太、あなたの告白、嬉しかったよ。だけど私はもうあの頃の想いに翻弄されない。

次の日、慶太を呼び出した。

「慶太の告白を聞いて、私はたくさんいろんなこと考えた。あなたは私にとってとても大切な人。だけど恒治のこともとても大事。恒治のこと、悲しませたくない。
私は慶太のお陰で、少し自分を好きになれたし少し強くなれた気がする。それから私にとって慶太が大事な人だったって分かった。だけど、付き合ったりすることはできないの。
ごめんね、それからありがとう。勝手な言い分だけど、分かって。できたらこれからも変わらぬお付き合いを。」
昨夜、台詞を考えて寝たけど、練習どおりには言えなかった。でも誠意は伝わった、と思う。
慶太は黙って聞いてくれて、最後に「ありがとう」と言った。
「真剣に受け止めてくれてこちらこそありがとう。」そう、付け足して言った。

再び私たちは分かり合えた。よかった。伝えてよかった。
清々しい気持ちに浸っていると、慶太が笑顔で続ける。
「最後にキスするってのは、どう?」
よかった。慶太の『ありがとう』の言葉に感極まって泣いてしまいそうだったけど、泣かなくてよかった。
本気とジョークの中間の、慶太の言葉が心地よかった。私たちはこうじゃなくちゃね。
「キスは彼氏から止められてますので」
私もおどけて返す。しばらく話をして私たちは別れた。


その日の夜、夕飯の後、いつものように私は恒治の隣りでテレビを見ていた。いつものテレビがいつも以上に面白い。今日はちょっとしたことがとても愉快。
すると恒治が、
「俺さ、あの後、浮気の定義について考えたんだけどさ、」
真剣な表情で話し出す。
「ねえ」
私は彼の目を見つめ、彼の言葉を唇で制し、耳元でささやく。
「その話はもう当分いいの。」
そうしてまたキスをする。
恒治を見つめたまま、目を開けたまま。そしてそっと、目をつむる。
今夜は瞼の奥にもまだ恒治がいた。私は安心して、恒治の首に腕を回し、強く強く抱きしめた。


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