多分、救いのない話。-3--8
「ん、ぐぅ…!」
唇を割り舌を挿れる。ぐちゅぐちゅと掻き回す。彼女が苦しそうに身を捩じらせるが、関係ない。
「んぅ、んんン!!」
あまりの激しさに引こうとする頭を、無理矢理に押さえつける。残酷なくらいでいい。残酷なほど、いい。
しばらく車内に淫靡な水音が響いていたが、やがて唇と唇は離れる。つぅっと唾液が糸を引き、唇の周りも唾液で濡れ、テラテラと光る。あまりに乱暴すぎる、キスと呼べない行為の結果。
眼を逸らしたい。逃げ出したい。だけど。
本番は、ここからだ。
「あ、はあ? はふ、あっ!」
彼女の瞳が、奇妙に潤んでいく。現実から、乖離していく。
「あ、あ、ああ! は、ひゃ、んあ! はふ? んふ、あ、ンァあ!」
甲高い嬌声。吐息が更に荒くなっていく。ぴちゃぴちゃと舌を蠢かし、身を捩り、狭い車内で跳ねる。
言っておく。“今は何もしていない”。
「ひひゃ、あ、あ、あ、アアあぁ! うふ、ふぅ!」
シートに爪を立て、「ひゃふ、あふ」うつ伏せになり「は、ああん」腰を押し付け「あ、あ、あ、あ」ぐねぐねと身体を「あふ、あは、」奇妙に躍らせていく。「フゥフゥアああぁ…」
そして火口は、手を出せず、口も出せず、ただ見ているしか出来なくて――
「あは、あ、はあああアアあぁァァぁっっ!!!」
一際甲高い絶叫を残し、ぷつんと糸が切れたように、全ての動きが止まった。
「はふ……はあ」
ぴくぴくと身体が痙攣している。しかし眼には理性の光が戻ってきた。
“戻ってきた”ことにこれ以上なく安堵し、その安堵を隠すために煙草に火をつけた。
「ごめんな、さいね、置いてきぼりに、しちゃって」
まだ息が荒い。けれど言葉はいつもの彼女だ。
恐怖を隠しつつ、煙を吸う。不味かった。
「ええよ別に」
「んふ? 拗ねないで……女はね、精神的にイける生き物なのよ」
そうなのだろうか。火口は男だから本当のところは分からない。
「ん…!?」
彼女から唇を押し付けてきた。先程と違い、相手を無視せず舌を絡ませてくる。
「ねぇ、あなたは満足できてる? ……続き、しましょう?」
「……言われなくても」
――火口は思う。火口には、これが精神の自傷行為に思えてならない。精神の崩壊とも言っていい。
これを見せ付けられるたびに、火口の心の中心をぐちゃぐちゃに抉られ、掻き回される。彼女の目的はそれなのだろう。だけど。
いつか、このまま戻ってこなくなるような、そんな気がする。
「大丈夫」
囁く。優しく、甘やかすように、不安を溶かすように。
いらっしゃい。大丈夫、甘えていいの……何も怖くないから――