結界対者 第四章-9
『二人とも伏せて、決して此方を見ない様に』
声が聴こえる。漆黒の焔の竜から、声が聴こえる。それは聴き覚えのある声で、俺達を助けてくれた、あの声。
「樋山…… さん?」
「うそ…… セイジなの?」
驚き見上げる俺の耳に再び声が、おそらく間宮の耳にも、今度は鋭く短く響いた。
『早く、ふせて!』
前方では、その挙動を遮られ憤慨したであろう忌者が、牙の隙間からその怒りを漏らし、今にも此方に飛びの攻を向けようとしている。
「間宮! とにかく……」
「う、うん」
体を低く砂の上に膝を、間宮もまた同じ様に。 すると突然、烈しい砂塵と熱風が打ち付ける様に迫り、俺は思わず目を閉じ顔を覆った。そしてその直後、閉じた瞼越しに異常な、まるで真夏の陽射しを直に見つめた様な、真っ白な光を感じて、そのまま更に顔を背け、音のみで必死に様子を伺う。
何が、起こってるんだ……
辺りは暴風、ただ唸るような風が吹き荒れ、時折両の頬に砂の粒がチクチクと当たる。やがて、熱風と閃光にも似た光は、おそらく俺達を完全に飲み込み、そして何もかもを白い輝きに変えていった。
それは数分間…… いや、もしかしたら瞬間だったのかもしれない。
気が付くと熱風は止んでいて、警戒しながら少しづつ開いた視界には、間宮と辿り着いたその時の、静かな海が何事も無かった様に広がっていた。
「間宮……」
「うん、助かった、のかな」
思わず、安堵の溜め息を漏らす、しかしその刹那、彼方に飛び行く一つの影を見つけた俺達は、再び息を飲んだ。
「なあ、間宮…… あれって……」
ガーゴイル、楽箱で樋山と共に消えたガーゴイル。樋山の声と共に俺達を助けたガーゴイルが飛び去って行く。
「セイジだった…… ううん、あれはセイジなの、間違いなく! でも、なんで? まさか、本当に願いが叶ったの?でも、こんな……」
間宮?
「こんなのは…… 嫌」
確かに俺達を助けたガーゴイルからは樋山の声が聞こえた。もしかしたら、樋山がガーゴイルを使って助けてくれた? いや、間宮の言う通り、アレ自体が樋山なのか? しかも、一番気になったのは、間宮の言葉だ。「願い」って一体……
だが、俺は、何も訊かず、ただ立ち尽くすしか無かった。
間宮の、途方にくれたまま開かれた真っ赤な瞳から、ポロポロと涙が溢れていたから。