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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-2--1

 ふざけんな、と本気で思った。
 葉月真司が神栖慈愛の“傷”に気付いたのは、本当に一瞬の偶然だった。神栖が「はにゃ〜!!」と素なのかボケてるのかものすごく微妙な奇声に振り返ると、神栖がこけていた。
 神栖らしいこけ方に笑いを噛み殺しつつ「大丈夫かおい?」と起きるのに手を貸したら、見えたのだ。首筋にある赤い傷が。
 一瞬で、頭が冷えた。
 話してないから大したことじゃないのかもしれない。或いは、教師である自分には話しづらい事なのかもしれない。
 だけど、どうしても気になった。
 三者面談についても話したいことがあったからそれも含めて、少しだけ“かま”をかけてみた。
 大当たりだ。あれは“誰か”につけられた傷だ。神栖は誤魔化していたが、こっちは傷を見ている――こけたぐらいで何箇所も何箇所も切り傷が出来てたまるか。
 誰に傷つけられているのかはわからないが、誤魔化すところから見るに親しい間柄なのだろうとは思う。悪い男に引っ掛かってるという可能性が一番に思い浮かんだ。色眼鏡かも知らないが、神栖は世間知らずっぽいし。
 だから、母親は仕事が忙しいあまりに子供の傷に気付いてないんじゃないかと、そう思った。
 葉月の中には『親が子を傷つける可能性』というのは存在すらしていないものだった。あるいは、知識はあっても発想には結び付かない。無意識に発想を拒否していたのかもしれない。けど葉月の深層心理は葉月自身把握できていないから、気付かなかった。
 そして、だから、親御さんに知らせるべきかもしれないという発想に辿り着く。面談が無理なら家庭訪問というのは少し短絡的だが、もし事件性があるならそんなこと言ってられない。刃物によって付けられた傷ならば、警察へ相談することも視野に入れなければならないだろう。
 神栖の返事は、OKだった。細かい日時は出来る限り向こう側の言い分で。今週中ということで時間があまりなかったが、無茶を言っているのはこちらなので文句はあるはずもない。
 家庭訪問の話は、葉月の独断ではさすがに色々まずいので、一応校長には伝えておく。
「ああ、そのですね、何かありましたら葉月先生クビになっちゃいますがそれでいいですか?」
 威厳もへったくれもないやたらと低姿勢で存在感の薄い校長はなんというか中間管理職っぽい悲哀が滲んでいたが、私立だけあって結構そういうところは柔軟らしい。……イザという時校長は絶対当てにならない自分で何とかしようと心に決めたが。
 とにかく、家庭訪問の話を進めていく時に感じていたのは、どうして神栖があんな傷を負わなければならないのかという、理不尽な感情。
(ふざけんな。相手が誰だろうと、そんなこと許せるか)
 若い正義感は、しかし最悪の形で壁にぶつかる。


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