多分、救いのない話。-2--5
「でも、まだ何がやりたいって決まってないんですよぉ。今の学校、嫌いじゃないし」
「私としても、このまま上に上がっていくことに特に問題はありませんわ。どこで勉強するかではなく、何を勉強するかですから」
「なるほど。神栖さんは普段どのように勉強なさってますか?」
「自宅で」
この時。どこか誇らしげに話す母親とは対照的に、神栖のほうは妙に表情がぎこちなく見えた。それを少し気にしながらも、
「塾や家庭教師は?」
「行かせてません。私が教えてますから」
「お母さんが、ですか?」
てっきり家庭教師でもつけているのかと思っていたので、これは意外な答えだった。
「お忙しいと伺っていますが」
「ええ。でも、私にとっては家庭が一番大事。その時間を削るのは、本末転倒ですもの」
最近は確かに忙しかったのですけどと続けて、
「塾に行かせようかと思いましたけど、それより勉強の時間もコミュニケーションの一つにしたくて。親の我侭ですね」
「いえ、神栖さんの成績は非常に優秀ですよ。とても」
言いながら、葉月はこの親子を見比べていた。身に纏う雰囲気が全然違うので印象は真逆に近いが、顔のパーツや造りはそっくりといって差し支えないだろう。むしろ、この母親を見ることで普段子供っぽい言動に隠れている神栖の顔立ちが非常に整ったものであることに気付いた。
「進路に関してはこの辺にしておきましょうか」
そう。葉月にとって、多分この親子にとってもここからが本題だ。
と、葉月が気を引き締めなおすと、「慈愛」と母親のほうがアクションを起こした。
「お話終わったみたいだから。あなたは部屋で勉強していなさい」
「え、でも」
「私もあとで行くから、ね?」
神栖が困ったように葉月と母親を見比べていたが、「わかりましたぁ」と大人しくリビングをあとにする。妙に釈然としない態度だ。
がちゃん、とドアの閉まる音が、この広いリビングにやけに響いた。
「それで、先生」
神栖に良く似たこの母親は、しかし子供とは違った何かを含んだ笑みを浮かべた。笑みそのものは完璧なのに、その“何か”がざらりと不快で気味が悪い。しかし、気持ち悪いのに何故かもっと見てみたい、そんな落ち着かなさに繋がり、結果として完璧なだけよりもずっと他人を惹き込む笑みとなっていた。
けれど今はそこまで分析する余裕はなくて、ただ落ち着きを奪われている。
「何かお話したいこと、あるんじゃありません?」
「……どうしてそう思われるのですか?」
「いきなりの家庭訪問で話がたったこれだけなんて考えるほうが不自然でしょう?」
確かにそうかもしれない。いよいよ、ここからが本番だ。
「単刀直入に伺います」
ゆっくりと、息を吐いて緊張を逃がす。それでも鼓動は高まっていくのは止められない。
「神栖さんの首、怪我されているのは御存知ですか?」
とうとう本題を、切り出した。