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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-2--4

「メールが入ってきました。お母さん、玄関にいるみたいです。私ちょっと失礼します」
 先生はここで待っててくださいねーと葉月を置いてきぼりにして神栖はまたリビングを出て行った。神栖にしては落ち着きがないが、まあ家庭訪問される生徒からすれば普通の反応なんだろうと思う。
 ふっと息を吐くと、テーブルに置かれた水を一口飲んでみる。置いてきぼりにされた水は、確かに水道水の枠を超えて美味しい。多分、ナントカ還元水でも使っているんだろう。
 ちびちびと常温の水を舌に乗せながら、まずは普通に成績や進路のことから話そうかなどと考えてみる。と。

 ――ふわり、と空気が動いた。ドアを振り返る。
「お待たせですー」
 神栖が戻ってきていた。そして、その後ろに。
「初めまして、先生。慈愛の母です」
 お待たせしてごめんなさい、と優雅にたおやかに、何より穏やかに微笑む女性。
 しかしその女性の登場は、確実に何かを軋ませた。
「こちらこそ、お邪魔しています。本日は無理を言って、どうもすみません」
 その軋みに、葉月は気付かない。今は、まだ。
「いえ、こちらこそ。慈愛がいつもお世話になっております」
 近い未来。この時のことを、この何の変哲もない挨拶を、葉月は思い返すようになる。
 その時には、全てが取り返しがつかなくなっていた。 

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「先生は珈琲と紅茶、どちらがお好きですか?」
「いえ、お構いなく」
「じゃあ、珈琲でよろしいですか? 私先生のために珈琲を買ってきたんですが、美味しいものをと選んでいたら遅くなってしまいまして」
「いえいえ、どうかお気になさらずに」
 先ほどと似たような会話を繰り返しながら、けれど娘とは違ってテキパキと珈琲を淹れていく。いい香りがこちらにも来ていた。多分、最高級の珈琲豆なんだろう。けれどすみません、実は俺珈琲飲めないんですという最初に言っておけという話を結局言い出せないまま、珈琲が運ばれてきた。
「どうぞ」
「どうも」
 しかし手はつけずに、まずは成績関係から話を進めることにした。神栖と母親は二人並んで葉月を見ている。
「まず、進路についてなんですけども。高校進学希望ということでよろしいでしょうか?」
「ええ。私としては」
「では慈愛さんはこのまま上に上がる、ということでよろしいのでしょうか?」
 上に、というのはエスカレーター式に系列の高校にあがるのか、ということだ。
「さあ」
「さあ?」
「慈愛の将来は慈愛が決めることですから。慈愛はどうなの?」
 話を振られ、あちちあちちと苦い珈琲を飲んでいた(砂糖入れれば良いのに)神栖はうーん、と一瞬悩んで、
「よくわかんない」
 あまりにも早い返答に、思わず葉月は苦笑してしまった。矛先を神栖に向ける。
「まあ、そうかもな。でも神栖の成績ならもっと別の方面の学校にも行けるぞ」
 神栖の成績は校内でもトップレベルだ。自分たちの学校は全国で見ても成績のレベルは高い。その中でのトップレベルというのは、実質日本のほとんどの学校に行けるだろうということだ。何も考えずにエスカレーターで上に行く、というのは少し惜しい話だ。


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