FULL MOON act2-2
「…大丈夫?辛かったら言ってね。みんな心配してたよ」
と、私の頭を撫でる。嬉しさに顔がほころび私は俯いた。
(…優しいなぁ…)
(それにしても、なんで言っちゃうのかな…)
ピーク時間も過ぎ、夜11頃をまわると、私と社員さんを残し他の従業員は帰ってしまった。
カフェ、といってもディナーメニューとアルコールを少し用意してあるここ結構混むのだ。
しめもほとんど終わり、私と社員さんは二人でレジ金額を合わせていた。
(…まだ言いたくなかったのに)
言ってしまうと、心配かけるし、実感してしまう。
時間をかけて自分の中でその辛い気持ちを消化していくしかこの悲しみを消え去る術はないのだ。
あのあと、続々とみんなに心配された。
…心配してくれる気持ちは嬉しい。
…けど、それはきっとその場だけで、家に帰って一人ぼっちの辛さは増すだけである。
「あ!終電やば!」
隣でお金を数えていた女性はいきなり言う。
「悪いけど、私先に帰るから、戸締りだけお願いしていい?お金は帰りに入金するから」
もう一人の社員さん、結城りえこさん。
家が遠いんだ。
「分かりました。気をつけて帰ってくださいねー」
「ありがとう、めぐちゃん。元気出してねー!」
私の名前、《安西めぐ》
女の人で私の名前を呼ぶのは彼女だけだ。
年上は彼女だけなのだ。私はアルバイトの中で最年長。
「じゃ!またね!」
手早く帰り支度を済ますと彼女は猛スピードでスーツが乱れるのもかまわず走っていった。
そんな元気な彼女の後姿を見ると、急に一人になってしまった気分になる。
「はぁ…」
もしかすると、遊び目的かもしれない。
彼氏と別れたばかりのベロベロ酔ってた女。ヤレそうだし、ヤッとかない手はない。とか。
で、ヤッたらヤッたで、正気を取り戻し、一応言ってみた。
『付き合ってくれませんか』
バイト先に変なうわさが流れたら困るし。
私は断ったから、一安心。だから、あのあと連絡さえよこさないのだ。
バイトという関係を持ち合わせているからお互いの電話番号くらい知ってる。
…彼はモテる。えりちゃんも、よく『タイプなんですよねー』って言っている。
正直、私も魅力を感じる。
…モヤモヤ。
確実に嫉妬だ。
(…着替えよう)
店内の電気をほとんど消す。時々まだ開いてると勘違いしてしまうお客さんがいるのだ。
更衣室は男女兼用で、真ん中にカーテンが引いてあるだけだ。
自分のロッカーを開くとチラ、と目の端に彼のワイシャツを見つけた。
持ち帰るのを忘れたのだろうか。ワイシャツを着るのは彼だけ。
私は何も考えずそれを手に取った。…そして顔に押し付けてみる。
フワッ…
…あの時の彼の匂いだ。一週間前のあの刺激の強い出来事。…忘れられるわけがなかった。
思い出さないようにしていたのに。香りだけでこんなにも簡単に、フラッシュバック。
『実はね、さっきも、こうしたよ。そして、ここ、触ったの』
彼は私の股間をパンツの上から軽く触れる。
『安西さんは覚えていないかもしれないけど…』
あの、低い声。
『こんなんなのに?』
じらしてくるんだ。彼の指は……
私の体は段々と熱を帯びてくるのが分かった。
いや、もしかしたらとっくにそれを求めていたのかもしれない。
右手で彼のシャツを握り締めその上から胸を優しくまさぐる。