Sleepin Angel-1
君が長い間眠り続けた白い部屋。
今はもう聞こえない呼吸音。
窓の外は目覚めを思わせる春の陽気に満ちた空。
病室の前の廊下に座り込む。思い出すのは突然起こったあの時の事。
四ヶ月前……
何の前触れもなく、それは突然起きた。
何の予兆も見せず、それは急に訪れた。
いつものように君の部屋を訪れたあの日。
最後に雪を見た次の日。
君の眠る部屋は、普段と変わらず、静寂を貫いていた。
だけど……君の姿が何処にも見当たらない。
君の寝顔も、
その隣に広がる黒髪も。
訳が分からなくて立ちすくむ。
背後から声を掛けられた。
見慣れた看護士。
付いて来てと言われる。
着いた先に君の両親が居た。二人とも、疲れ切った表情をしている。
姿を表した娘の恋人に、何があったか伝える。
自分が部屋を出た後すぐに、急に発作を起こしたらしい。
原因は不明。
今は治療室で眠っていて、もう一度大きい発作が起きれば命の保障はできないらしい。
目を覚ます事はなくても、何事もなく静かに眠っていた君。
その君に急激に距離を近付けた死。
必死に医者に頼んだ。
喉が破れるくらい、訴えかけた。
『二度と目を開けてくれなくてもいい……だから助けて下さい』
君ともう一度笑い合いたかった。でも君を失うくらいなら、そんな望みも要らない。
恥も体裁も忘れて、医師の足に縋り付くようにして叫んだ。
声が枯れるまで、頼み続けた。
その夜、再び発作が君を襲った。
今、君の居た部屋の前にいる。
表札の番号。
その下の名前を書く部分は空白。
君はもう、此処に眠り続ける事はなくなった。
立ち上がり、エレベータへと足を向ける。
乗り込んで、階下のスイッチを押す。
再び歩いて、着いたのはとある病室。
扉を開けると、君の寝顔がそこにあった。
女神の様に、穏やかな表情を浮かべている君の顔が。
あの日、二度目の発作が君を襲った後、
『おはよう』
君は奇跡的に息を吹き返し、まるで何事も無かったかのように、その言葉を紡いだ。
涙が溢れて何も言えなかった。
そこに在ったのは悲しみなんかじゃない。
あれだけ寝ていたのに、君はまだまだ寝足りないのか……
最近リハビリの後は昼寝ばかりしていないか?
白い頬にそっと触れる。
君は今、どんな夢を見ている?
その中には誰がいるのかな?
君が目を覚ましたら聞いてみよう。
そしてあの夕焼けの日に伝えるつもりだった言葉を贈ろう。
今はブカブカになったであろう指輪を添えて…………
〜Fin〜