平和への道のり〜Prologue〜-1
ーレバノンー
首都ベイルート。
中東地域において商業、金融を司る最も近代的な都市。
レバノン革命によってアラブ人のイスラム教徒と、ユダヤ人のキリスト教徒が共存する街。
ベイルート・インター・コンチネンタル・ホテルのバーで、藤田直はひとりペリエを舐めていた。
彼はここで人と会う約束をしていたのだ。
藤田はテーブルから周りを見回す。
バーは賑わいを見せていた。
中東における経済中心地とあってか、アメリカ人、アラブ人、ユダヤ人、東洋系にインド系など、様々な人種が店に溢れていた。
藤田は腕時計を見た。
約束の時間から5分が過ぎていた。
(仕方ない。あと5分待って現れ無かったら出直すか)
藤田が諦めかけた時、入口からひとりの男が入ってきた。
黒のヘンリー・シャツにジーンズ姿。長い髪を結って後に束ね、太い眉とギョロリとした眼が特徴的だ。
佐伯栄治。35歳。
ベイルートを自らの活動拠点として貿易商を営んでいる。
むろん、それは表向きで、実際は中東で起こる軍事的情報を金に換える情報屋。それもこの辺りではかなり名が知れている。
「久しぶりですね藤田さん」
佐伯が右手を差し出す。藤田は強いグリップで握りながら、
「2000年のクルド難民キャンプ以来かな?」
そう言うと、佐伯に座るよう促した。佐伯は藤田の対面に座ると、マッカランを注文した。
しばらくはお互いの近況を話していた。むろん、あかせる範囲で。
話が進むに従い、佐伯のショット・グラスを傾ける回数は増えていった。しかし、藤田はペリエを舐めるだけで酒を呑もうとはしない。
「どうしたんです?さっきからバーで酒も呑まずに…」
佐伯が見かねて訊いた。
藤田は射るような目付きで佐伯を見据えて答える。
「君の特ダネを聞くまではシラフでいたいと思ったんでね」
佐伯の眼が一瞬、険しくなる。が、すぐに元に戻ると、おどけた表情で、
「へぇ、ボクがそんな事言いましたっけ?」
とぼけようとする佐伯。しかし、藤田は笑みを浮かべながら、
「ベイルートを拠点に中東の紛争地域の情報を追いかけている君が、オレの近況だけを聞きに来やしないさ」
「単に酒を呑みたかっただけかも知れませんよ」
「だったら仲間と来てる。わざわざオレを呼んだりしないだろう」
藤田は自信あり気に答える。聞いていた佐伯は頭をポンポンと叩くと、苦笑いを浮かべて答えた。