平和への道のり〜Prologue〜-3
「どうしたんだい?常日頃、〈情報は金にも勝る〉って言っている君が……」
「藤田さんにはこれから益々活躍してもらいたいですから」
佐伯はショット・グラスを傾けると、また真顔になり、
「米ソ冷戦の崩壊とともに地域紛争はイデオロギー間から民族間へと移行し、益々増えています。
私はそれを生業としていますが、そんな世界は無くなれば良いと思ってますよ。
だから、藤田さんにはあらゆる紛争地域の出来事を世界中に知らせて欲しいんです」
佐伯の魂から出た言葉だった。
「分かった……大事に使わせてもらうよ」
藤田は右手をさし出した。佐伯はそれを握る。強いグリップで。
「店を出ましょう。まだ伝えてない事が有りますから……」
佐伯の言葉に2人はバーを後にすると、佐伯のランド・クルーザーで夜の闇へと消えて行った。
ーベイルート・シュラトンー
佐伯と会ってから1週間が過ぎようとしていた。
藤田は次の日にはインター・コンチネンタル・ホテルを引き払うと、シュラトンの真向かいにある地元の安ホテルを訪れた。
窓から外を眺める。シュラトンの玄関口はもとより、駐車場までが一望出来る最高のロケーションだ。
藤田は前金で10日分を払うと、大量の水や缶詰を買い込んだ。
暗殺とすれば実行は夜だと推測されるが、ここベイルートでは殺人など日常茶飯事だ。
そう考えると白昼の可能性も有りえる。よって、10日間、ここに籠って待つ事にした。
藤田は窓のカーテンをひくと、2台のビデオカメラをセットする。1台は普通のタイプだが、もう1台は撮影した波長を増幅させるタイプで、暗闇での撮影を可能にするナイト・ビジョン・カメラ。
それらのレンズ部分だけをカーテンから出すと、ディスプレイを自らが座る場所から見えるようにした。
辺りが夕闇に染まっていく。
(今日も何事も無いのだろうか?)
藤田は焦りにも似た気持ちで、カメラのディスプレイを眺めていた。
シュラトンの通りでは多くのクルマが行き交い、歩道は人が溢れていた。
(いくらプロのヒット・マンでも、こんな場所では無理だろう。人間爆弾でもない限り……)
暗殺を実行する場合、プロならば逃げ道を確保してから行うのが当たり前だが、こんな人ごみの前では目撃者だらけとなり逃げようが無い。
それでもやるとすれば、自動車に爆弾でも積んで自らも犠牲になる覚悟でやるしかない。
当然、無関係の人々も多数、命を落とすだろうが。
「待つしかないか……」
藤田は独り言を言うと、夕食の準備を始めた。といっても、缶詰を開けるくらいだが。
乾パンに肉と野菜のトマト煮。ユダヤ人街のマーケットで仕入れて来たイスラエル軍の携帯食料。
藤田はディスプレイから目を離す事なくトマト煮を一口食べる。
(けっこうイケるな)
自然とフォークが進む。
藤田は様々な軍の食料を食べてきたが、アメリカ陸軍、日本の陸上自衛隊の缶詰に次いで美味いと思った。
夕食は10分あまりで終えた。