平和への道のり〜Prologue〜-2
「完全に見透かされましたね」
佐伯は小さく両手を挙げて〈降参〉のポーズをおどけて見せた後、真剣な表情に変わると、テーブルから身を乗り出して低い声で藤田に呟いた。
「パレスチナ解放戦線(PLF)のナンバー2は誰だかご存知ですよね?」
佐伯の問いかけに藤田は即座に答える。
「確かアーマッド・アビルだろう」
すると、佐伯はさらに声のトーンを落として、
「来週、そのアビルがここに現れます」
「なんだって!」
藤田は思わず声を挙げた。
すぐに周りを見渡すが、誰も気にも留めなかったようだ。
藤田も佐伯のように身を乗り出した。
佐伯が続ける。
「アビルとイランの軍高官がベイルート・シュラトンで隠密に会談を開きます」
藤田にとって初めて聞く情報だが、彼がそれほど興味をそそられる内容ではなかった。
PLFにとってイランはテロ活動のスポンサーであり、彼等と会談を持つのは特別新しい事とは思えなかったからだ。
藤田の表情は落胆の色を隠せなかった。
佐伯はそれを察知して、
「あまり興味を示しませんね?」
「まあ、そうだな…」
藤田の言葉に佐伯は苦笑いを浮かべると、すぐに真顔になって、
「本題はここからですよ」
佐伯はそう言うと深呼吸をして藤田に呟いた。
「どうやらアビルとイランの高官は殺されるようです。暗殺です」
藤田は絶句した。
「CIAが?」
そう訊くのがやっとだった。
だが、佐伯は頭を振ると、藤田にさらに近づいた。
「どこの国のどの機関が動くのかまでは、まだ掴んでないんですが……」
「なるほど……それは確かなのか?」
藤田はにわかには信じられ無かった。
これまで、フォト・ジャーナリストとしてあらゆる紛争地域を訪れた。そこで見てきた様々な出来事から、〈どんな事でも起りえる〉というのが藤田の結論だが、佐伯の情報は飛躍しずぎているよう思えたのだ。
だが、佐伯は真っ直ぐに藤田を見据えると、
「鮮度、正確度ともにトップです」
そう言って、ゆっくりと頷いた。
藤田も同じように頷くと、
「分かった。で、いくらなんだ?」
「ここの呑み代で結構ですよ」
佐伯は元のおどけた口調に戻っていた。