食虫花-1
ー金曜、午後11時ー
夜のバス・ターミナル。駅に隣設するそれは、ビルの3階がバス乗り場だ。
武田悟はいつものベンチに腰掛け、バスが来るのを待っていた。
悟は今年、大学生になった。
初めて親元を離れての生活。一応、仕送りは受けてはいるが、授業料と生活費だけで到底足りない。
悟は夕方から出来る飲食店のバイトを始めた。
毎週4日間、数時間だけだが、それは彼の生活に潤いを与えた。今では、欠かせないモノだった。
低い音とベンチに伝わる振動に、悟は音の方向を見た。バスが来たのだ。
目の前に止まったバスに悟は乗り込むと、一番後の右側に座る。
彼のいつもの席だ。
1/3ほど埋まった席にも、いつも見かける名前も知らぬ〈仲間〉が定位置に座っている。
その他には、残業帰りや呑んだ帰りの会社員が混じっていた。
悟は自らの携帯を開くと、友達とのメールにいそしんでいた。
その時だ。発車寸前のバスに誰かが駆け込んできた。
悟は何気なくそれを見た。
ダーク・ブラウンのタートル・シャツにカーディガン。ロング・スカートのいでたち。
一見すると、喪服に見える恰好にうす茶に染めた髪を肩まで垂らし、ストライプのカチューシャをした女性。
あまりに不釣り合いな情景。
悟はメールそっちのけで彼女を見つめていた。
女はどこに座ろうかと車内を眺めていて、悟と目が合った。
(わっ、目が合っちゃった……)
悟は慌てて視線を外した。
30前くらいだろうか。整った顔だち、厚めの唇に塗られた紅いルージュが〈女〉を演出している。
女はゆっくりと悟の方へ近づいた。
悟が再び女に視線を向けると、女もそれに合わせてにっこり微笑み掛けて、わざわざ彼のとなりに腰掛けた。
(な、何だ?この人)
悟の鼓動が速くなる。
女性と接する機会に恵まれなかった悟にとって、驚きの行動だった。
動いた空気が、女の香りを運んでくる。果実のようなそれに、悟はときめきにも似た思いを抱いた。
やがてバスは、ゆっくりとターミナルを離れて行った。
バスは3つ目の停留所を通過した。悟は車窓から外を眺めていた。バスの揺れが心地よい。
昼間の大学とバイトの疲れから、彼はいつの間にか眠ってしまった……