ヒトナツB-1
健吾はその日、とびっきりの笑顔で帰宅してきた。
そして、居間にいたあたしとおばさんに声もかけずに、ヘラヘラしたままバスルームに直行していった。
今日は彼女とデートだったんだ。
それにしても、あの笑顔は……なにかいいことでもあったのだろうか。
やっぱり気になってしょうがない。
聞いてみたい。
でも、健吾の“キスは挨拶”発言以来、気まずくて一言も話していない。
きっと健吾は、なぜ気まずくなったのかわかっていないと思う。
ただあたしがいじけているだけなんだから。
一世一代のキスをあんな風に言われるとは思わなかった。
健吾は本当に天然だ。
だから、あたしが普通に話しかければきっと大丈夫なんだと思う。
やっぱり今から部屋に行ってみよう。
どうしても健吾に会いたくて日本に帰ってきたのに。
こんなの嫌だ。
今は健吾と付き合えなくても、あたしは幼馴染みじゃなくて女だってことくらい、わかってほしいから。
立ち止まったらだめだ。
勇気を出せ、渚。
第三話
日常に潜む影
正直、ニヤけが止まらない。
俺と桜さ…桜は今日、デートをして、キスをしたのだ。
実は、桜を自宅近くまで送る途中にもう一度キスをした。
誰もいない路地裏。ドキドキした。
彼女は笑顔だった。
「っくぅぅぅぅ!」
ベッドの上で悶絶。
すると、いきなり、部屋のドアが控え目にノックされた。
「おあう!」
突然のことにまたも変な声を出してしまった。
まあ、きっと渚だろうな。こんな時間だし。
最近なぜか話してなかったけど、どうしたんだろう。
まあ、とりあえず返事。
「はい」
「な、渚だけど……」
久し振りに声を聞いた。
「どうぞ」
そう言うが、しばらくドアは開かない。
「……どした?」
「えっ!?いや!なにもないわ!はは!」
ドアの向こうでなぜか狼狽する渚だが、やがて顔を赤くして入ってきた。
「……どうかしたか」
しかし、渚は答えずに叫んだ。
「うわっ!なによ!そのかっこ!」
俺はパンツ一丁だった。
暑いし風呂上がりなんだからしょうがない。
「なんだよ、別にいいだろ、昔は一緒に風呂入ってたし。」
パンツは履いてるから、猥褻物陳列罪にはなってない。たぶん。