The Hint Of The Storm-10
「……!!」
「覚えとけや…澱みは澱みを生み出せる。それと、お前がオレを何人殺そうが、逃げることなんかできねえってこともなァ。」
「あっ!ナナ!どこいってたんだい!?心配したんだよ!」
いつもよくしてくれる狗族のおばさんが、僕の姿を見つけるなり駆け寄ってきた。僕は答えずに、ただうなずいた。彼女が僕の身体に触れたなら、自分で自分の腕を掴んでも収まらないほどの震えに気づいただろう。僕は多分、真っ青な顔をして、下唇から血が出るほど強く噛んで吐き気を堪えていた。
「若葉のかあさんを手伝ってやっておくれ!」
そういうと、彼女はまた慌ただしく去っていった。一体何が起きているんだろう。今日は村中が騒がしい。若葉の家に、なぜか大勢集まった人だかりを押しのけると…
「なに…これ…」
部屋の中には、布団に横たわっている若葉のお母さん。天井からは縄がぶら下がっていて、若葉のお母さんはそれをつかんで苦しそうに息をしている。
「坊主、お産を見るのは初めてか?」
僕より少し年上の狗族が、面白そうに話しかけてきた。
「う、うん…。」
「オレもだ。すっげえよな。」
すると、家の中で、他の女の狗族たちになにやら指示を飛ばす年寄りの女が、人だかりに怒鳴った。
「あんたたち!これは見せもんじゃないんだからね!手伝わないなら帰って大人しく待ってな!!」
男たちは半ば笑いながら退散し、小さな女の子たちだけがなにか出来ることがあるんじゃないかと、老女からの拝命を待って残った。
擾が言ってたのは…このことだったんだ…
『どうせこんな生活はまやかしだァ…誰もお前のことを仲間なんて思っていやしねェ…正直、俺のほうでも裏切った犲はもう使いたくねえが…お前を手放すと、オレにはもうまともな犲が残ってねェんだ。だから、一つチャンスをくれてやる。オレから逃げてェなら…』
…今から生まれるこの新しい狗族を持って行けば、僕は解放される。誰も知らないところに行って、誰にも気づかれないまま暮らすことが出来るかも…。どうせ、この村にいても、すべてが嘘のようなこの人生に耐えながらすごすことになる。そして、代わりを差し出さない限り、擾から逃げることは、出来ない。その言葉が呪いとなって、心に巻きついた。久しく忘れていた、光の見えない日々をいきる絶望感。それならいっそ…
そんな思考を切り裂いたのは、若葉のお母さんの悲鳴だった。
…いや、悲鳴と言うわけではない。痛みを訴える母の傍らで、娘の若葉は心配そうに汗を拭いていた。彼女の髪は汗でぐしょぐしょになり、顔は真っ赤だった。
僕はただ、その様子を呆然と見守ることしか出来ず…
「ちょっと、坊や!!見てるだけじゃ役にたたないんだよ!こっちおいで!」
有無を言わさぬ助産婦の命に、僕はあわてて部屋の中に入った。