社外情事?〜鬱屈飲酒と意外情事〜-3
「そっ、そんな風に聞かれても……」
「嫌、だったかしら」
女性の表情が、僅かに曇る。誠司は慌てて首を振った。
「いえっ、嫌なわけじゃないですっ。ただ、聞いても面白くないような理由ですからっ」
早口に告げて取り繕う。すると、彼女は顔の向きを店主の方に戻した。
ただし視線は、そのままに。
「別に面白さなんて求めてないわ。私が知りたいのは『何で飲むのか』って理由。だから、気にしなくていいわ」
横目でこちらを見つめる相手。誠司はやはり、目を離す事ができない。
「……いいんですか?」
やや遠慮がちに、断りを入れる。対して女性は、目尻を下げた。
「ええ」
「……じゃあ、失礼します」
そう言って、景気づけに軽く一口。ようやく女性から視線を外す事のできた誠司は、グラスの中で揺れる波紋を凝視した。
「これを飲んでると、嫌な事を忘れて前向きになれる気がするんです」
最初に、ため息まじりに呟く。
「普段はあんまり酒飲まないんですけど、どうしても嫌な事ばっかり溜め込んだ時は、いつも来てるここでこれを飲むんです」
「他の酒じゃ駄目なの?」
誠司が言葉を切ったのを見計らったのか、女性が疑問を投げかける。対する誠司は「多分、駄目ですね」とかぶりを振った。
「他のだと、ここまで落ち着いたりはできないみたいです」
そう言って苦笑しながら、彼は残りの酒を飲み干した。
「まあ、こんなもんです」
そう言って誠司は締めようとしたが、言った後でやはり申し訳なくなり、ぽりぽりと頬をかいた。
「って、初めて会った人に何を言ってるんだ、って感じですね」
――と。
「さぁ、それはどうかしら?」
何か言いたそうなニュアンスを含んだ言葉。それに反応した誠司が顔を女性の方に向けると、そこには意味ありげな笑みがあった。
彼は不思議に思い、笑みと言葉の意味を問おうとするが。
「もう一つ聞かせてもらえる?」
口を開く前に、彼女が先んじて言葉を投げかけた。誠司はとっさに、頷いてしまう。
「その嫌な事って、何かしら?」
頷いたのを承諾ととったのか、彼女は再び問いかけてきた。その目にはさっきの意味ありげなものと異なり、真剣な色がある。
しかし、見ず知らずの人間にそこまで問われると、酔っているとはいえ自身のプライバシーに侵入されているような気がして、さすがに困惑してしまう。
「い、いえ……他人に話すようなものじゃないですから、お気遣いなく」
視線を逸らし、誠司は長い事手をつけないでいた刺身を一切れ、口に放り込んだ。
と、そこへ出来上がったばかりの焼鳥を持って、店主が戻ってくる。店主は女性にそれを差し出すと、誠司の前で再び酒の瓶を取り出した。
もう一杯飲みますか――という事らしい。
普段なら、誠司はそこではっきりと断る。しかし、今回は。
「いただきます」
迷わず、グラスを預けた。店主はうんうんと頷くと、グラスを受け取ってすぐ酒を注ぎ、誠司に再び差し出す。
「倉本さん」
誠司がグラスに口をつけた所で、店主が口を開いた。彼は目の前で魚を器用にさばきながら、誠司に言う。
「悩み事ってのは、言えば言った分だけ軽くなるもんでさぁ。それに、聞いてくれるって言ってるわけだし、言っちまった方がいいですよ。明日、絶対に楽になるから」
「……」
黙り込む誠司。その口から、意図せずため息が漏れる。
それから少しして、誠司は再びグラスに口をつけた。
「……上司に、『役立たず』って言われたんですよ」
ぽつりと、誠司の抱える不満が漏れ出た。