Sleepin Girl-1
真っ白く無機質な部屋。
規則正しく時を刻み続ける呼吸音。
空を覆う、秋の訪れ。
思考を停止すれば、いつも何度もリフレインされる言葉。
二年前……
「……命に別状はありません。しかし……」
告げられた衝撃の事実。
「……しかし、大脳の酸欠状態が長すぎました……」
信じられなかった。信じたくなかった。
「……深昏睡状態です。ただ、瞳孔反射も自発呼吸もあります。つまり……」
はっきりと覚えているのはそこまでで、後の医師の言葉は、ただ耳を通り抜けるだけだった。
植物状態…………自らの意思で行動出来ないだけで、たったそれだけのことで生きている『人』を『植物』と呼ぶ。残された人達の胸を深く抉る、残酷な言葉。
思考を再起動させ、忌憶を彼方へ飛ばす。
君は今、どんな夢を見ている?
丸イスに腰を下ろして、そっと頬に触れた。
そっと髪を撫でた。
君はこんなに温かいのに、髪はこんなに綺麗なのに……
君は確かに息しているのに、君は確かに生きているのに……
君の声が聞こえない。
君の笑顔が見えない。
君の想いが感じれない。
こんなに近くに居るのに。誰よりも君の近くに居るのに。
君に会いたい。拗ねて、怒って、悲しんで、泣いて、喜んで、笑う。そんな君に。太陽みたいに眩しい君に。
鼻の奥から熱いものが込み上げてきた。此処に来て、君の顔を見る度に感じる切なさ。上を向いてみても、零れてしまう涙。我慢して、我慢して、遂に溢れる涙。
「すみません。そろそろ時間です」
ドアの向こうから聞こえてきた看護士の声。
目尻に残った涙を手の甲で拭い、部屋を出る。
病院を出ると、大きな夕日が世界を染めていた。空も雲も街も、みんな茜色に統一されていた。
あの日もこんな空だった……
そんなことを思いながら、ゆっくりと一歩ずつ歩む。振り返ってみると、君の眠る城は、厳かにそびえ立っていた。
……また明日も会いにくるよ。君が起きた時のために。笑顔の君に会うために。