at office-1
毎年恒例の展示会まであと一週間となった。
いつも通りの仕事に加えて、展示会の準備が大詰めを迎えている為、社内の雰囲気はどこか落ち着きがなかった。
美南は、そんな雰囲気のなか毎日続く残業にうんざりしていた。ただでさえ人数が少ない営業部所で負担が大きいのに、女性の事務員は美南一人だった。
その為、美南にしかできない仕事が毎日山積みになり、帰るに帰れないのだ。
「はいよ。ごくろうさん。」
パソコンとにらめっこしている美南の前に、カフェオレが差し出された。
「おごってくれるんてすか?」
美南は、顔だけを昌樹に向けて聞いた。
「まさか。外回りの時、お客さんにもらった。俺甘いの飲めないし。」
なるほど、『ホット』と書かれた缶なのに、妙にぬるいのはそのせいか。昌樹が帰ってくる間に冷めたのだろう。
美南は、それなら遠慮しなくていいや、と缶を開けた。甘いカフェオレのお陰で、少し気分もほぐれた。
美南は、昌樹を尊敬していた。
決してクールなキャリアという雰囲気ではないが、自分のやるべき仕事を的確に把握していた。また、出来ない仕事ははっきりと断る判断力もある。その上、人当たりがいいので、仕事を断った事に対してクレームが来たことは一度もなかった。
しばらくして美南は自分の仕事を終えたが、昌樹の方を見るとまた営業に出掛けるようだった。
7時半までは当番制で電話対応しなければならないという規定があり、今日の当番はまだ帰社していない。今美南が帰宅してしまうと昌樹は必然的に電話番の役目になり、出掛けられなくなってしまう。
定時は5時半なのに、7時半までってなんなのよっ!!と心の中で不平をもらしながら、まぁ、あと15分ぐらいだし、我慢するか。と諦めた時、
「杉下、帰っていいぞ。」と昌樹が言った。
余りにもタイミングが良すぎたのに驚き、黙って昌樹を見つめていると、昌樹も不思議そうな顔をしてこっちを見た。
「あれ?帰るんじゃないの?」
「でも、岡崎さん出掛けるんじゃないんですか?」
「いそいで見積りしなきゃいけないから出られない。」
「…。そうですか。じゃあ、お言葉に甘えてお先に失礼しますね。」
美南は努めて『早く帰れてラッキー』と昌樹に伝わるように演技して会社を出た。昌樹には、この想いはバレてはいけない。
帰り道、電車にゆられながら顔が緩むのを止められなかった。見積りは明日すればいい事を美南は知っていた。
昌樹は相手に気を使わせない言い方がうまい。誰に対してもそうなのだが、自分の事を考えてくれたことが嬉しくてしょうがなかった。
本当は会社で二人っきりというさっきの状況にも、ドキドキしていた。昌樹のくれたカフェオレがどれ程嬉しかったか言い表せない。でもそれは絶対に態度には出さないと美南は誓っていた。