哀楽怒喜-5
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『喜』〜オマージュ〜
彼は、私の話を黙って聴いていた。
水平線と空は広く、深く、紅い。
夕暮れの浜辺の波打ち際。
広大な世界の中に、ちっぽけに二人で寄り添って座っていた。
隣にこの人、その隣に私。
およそ一時間私は喋り続けた。
波瀾万丈というに取るに足りすぎる、私の歳月。
その大半を私は包み隠さず、彼に語って聴かせた。
彼は温室育ちだ。
父は有名企業の部長クラス、母はウェディングプランナーであるときいている。
成績も良い、信頼もある。
絵に書いたような、とは彼の為にあるのかもしれない。
そんな彼を、私は今、私をもって怯えさせている。
ある時誰かが言った、お前は重い…と。
私はそれを、面倒くさいと同意義で捉えている。
後悔は無い。
一緒に居る以上、私の概要を語らなければならない日はいずれ来る。
それを隠してまで、私は温もりを求めない。
無理に背負わせるつもりもない。
重いのならば、置いて行けばいい。
何も変わってはいないのだから。
話しを聴き終えた後、彼は私に背を向け、立ち上がった。
動作がやけに落ち着かなかった。
「だ…大丈夫だよ、そんな事があっても君は君で…」
無くしたい物は山ほどあった。
「そうだよ…運が、運が悪かったんだ。だから…これからは良い事しか…」
得たい物も山ほどあった。
「僕は、そんな話はテレビとかでしか見た事なくて…」
それでも私は、こんな気持ちを得たくは無かった。
「だから、その……」
だったら、それすらも無くせばいい。
「ごめん…君の辛さも分からない…」
何も変わりはしないのだから。