ICHIZU…Last-8
ー翌日ー
夕方。練習を終えて、部員が榊と永井のそばに集まる。
榊は彼等に明日の練習メニューや注意事項を伝える。
「私からは以上だ。質問は?」
その時だ。部員の中から手が挙がった。
「監督!」
声の主は直也だった。
「カヨ…澤田の姿をずっと見ないんですが、何かあったんですか?」
永井の顔が一瞬こわばり、榊を見る。しかし、榊はいつもと変わらぬ淡々とした口調で、
「ああ……澤田だが、大会後に体調を崩してな。自宅療養中だ。しばらくすれば、戻って来るから」
となりで聞いていた永井の顔色が変わる。
だが、話はそこで終わり、解散となった。
榊と永井が職員室へと歩いていると、直也が追い掛けてきた。
「監督!何故あんなウソ言うんですか?」
榊は直也の方に向き直ると、いつもより声を低めて言った。
「ウソ…?何故ウソなんだ。直也」
「オレ、昨日、アイツの弟に会ったんです。アイツ、辞めるって言ってるって」
榊は直也の言葉に対し、苛立たし気に返した。
「だからなんだ!お前はそれを皆の前でオレに言わせてアイツを辞めさせたいのか!」
「いえ……それは…」
「だったら黙ってろ!アイツが戻って来るまで」
榊はそう言うと、永井と共に校舎へ消えた。
直也は、その姿が見えなくなるまで動けなかった。改めて、自分の考えの浅はかさに腹が立った。
すると、後に近寄る気配がした。
「良かったな……」
直也の肩を山下と橋本が叩いた。
3人で帰ろうと部室に近寄った時、中から声が聞こえた。直也がドアーに耳を近づける。
「アイツ、辞めねえらしいな」
「ああ、榊の話じゃ自宅療養らしいぜ…」
「まったく!さっさと辞めりゃあいいのによぉ」
「今度、下駄箱にでも入れといてやろうか!〈死ね!〉って書いてよぉ」
中からバカ笑いが聞こえた瞬間、直也はドアーを開けた。
そこに居たのは、3年生の部員3人だった。
彼等は名前こそ野球部に在籍しているが、春過ぎから自分達が試合に使われ無いと分かるや、顔を出さなくなった幽霊部員である。
直也はその中のひとりを殴りつけた。