ICHIZU…Last-4
「気をつけて帰るんだぞ……」
榊の言葉に佳代は再び一礼してから、うつ向いたまま職員室を後にした。
榊はイスの背もたれに身体を預けると、深くため息を吐いた。
「まいったな……」
「やはり……この前の件でしょうか?」
永井が訊いた。
「多分な。しかし、あの娘なら逃げずに頑張れると思ったんだが……」
榊が苦悩を露にする。見かねた永井は、おそるおそる訊いた。
「明日にも部員に説明しますか?」
「イヤ、それはちょっと待ってくれ。私の方から説明するから」
榊はそう言うと立ち上がって、
「そろそろ帰るか。大分、身体も癒えた事だし」
榊は永井に作り笑いを見せて、更衣室へと向かった。
ー夜ー
澤田家の一家団らんの時間。いつもは騒がしくも楽しい夕食。
だが、その日は違った。
「どうしたの?2人共」
「別に……」
「何でもないよ……」
加奈が不思議がるのは無理なかった。佳代と修、2人が視線を合わせる事無く黙々と食事をしているのだ。
「ごちそうさま」
先に〈詰め込み〉終えた佳代は、使った食器を流しに置くと、さっさとバス・ルームに消えた。
少し遅れて終えた修も、キッチンから離れてリビングへと向かった。
(まったく……どうしたのかしら?)
残された加奈は、一人キッチンで侘びしい食事を摂っていた。
榊は小走りで先を急いでいた。そこは、この町唯一の繁華街。繁華街と言っても、町の真ん中を貫くメイン・ストリートから1本奥に入った500メートルほどの路地に並ぶ、大小70軒の飲み屋街の事だが。
ようやく目的地である《鉄板焼 じゅん》を見つけた頃には、榊の額から汗が滲んでいた。
縄ノレンを潜って店に入ると、店員の威勢の良い声が掛かる。
それより遅れて、
「監督!こっちですよ」
巨大な鉄板を囲むように据え付けてあるカウンターの真ん中から榊に手を振るのは藤野一哉だ。
榊は笑顔を見せると、一哉に近寄る。
一哉はイスを外してから立ち上がると、榊に深く頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
榊は一哉の顔を見つめる。太い眉に大きく鋭い眼、通った鼻梁。薄い唇。記憶がフラッシュ・バックする。
藤野は榊が監督を引き受けた年に、野球部の2年生エースだった。
当時から負けん気が強く、頑固者。筋が通らぬ事なら先輩の言うことでも聞かなかった。
それ故、先輩との軋轢が激しかった。しかし、彼はどこ吹く風の如く、飄々としていた。
そんな一哉は当時の榊には、どこかアウトロー的な存在に見えた。