ICHIZU…Last-16
「……」
佳代がうつ向いて黙っていると、藤野は言葉を選びながら続けた。
「確かにオマエにとっては辛い出来事だろう。しかし、オマエを信頼してくれた監督やコーチ、仲間達はがっかりするんじゃないのか?」
「でも、私のおかげで最後の大会をダメにしたんですよ!私は辞める事で責任を取らなけりゃ……」
そう藤野に訴えかける佳代の眼は潤み、身体は震えていた。それを見た藤野は、試合後に何かあったと直感した。
藤野はクルマを小学校のグランド近くに停めた。折しも、別のジュニア・チームが午後の練習を行っていた。
「ひとつバカな男の話をしてやろう……」
「……?」
藤野はそう言うと、グランドに目を向けたまま語り出した。
「そいつは中体練で全国制覇したピッチャーだった。その後、そいつの元にいくつもの甲子園常連校から、特待生で来てくれと誘いがあった。
そいつは悩んだ挙句、関東でも有数のスポーツ校を選んだ」
藤野はそこまで話と、チラッと佳代を見た。佳代は藤野に顔を向けず、うつ向いていた。
「そいつは1年生の時から頭角を表し、夏の県大会後には3年生からエースの座を奪い取っていた。そして、甲子園に出場した。
大会はそいつの力投と打線の援護で順当に勝ち進んだ。
やがてマスコミが騒ぎ立てた。そいつは有頂天になっていた。
15のガキの活躍が連日テレビや新聞で騒がれるんだ。ある意味仕方のない事だった……」
藤野は買った缶ジュースを佳代に手渡し、自らは缶コーヒーを一口飲んだ。
「大会を勝ち進むにつれ、そいつと他のメンバーとの間に温度差が徐々に生まれていった。
そいつは気づいていたが無視していた。自分の力で試合に勝っていると思っていたんだ。本当はチームの総合力で勝っていたのにな……
そして甲子園で決勝を迎えた。
試合は2点リードしたまま終盤を迎えた。〈あと6人、バッターを抑えれば優勝投手だ〉そんな思いがそいつの頭をよぎった。
その途端、ヒットと四球で2人のランナーを出した。すぐにタイムが取られ、マウンドに皆が集まった。
普通なら内野手はピッチャーを励ましたりするんだが、そいつに声を掛ける者などいなかった」
藤野はまた一口、缶コーヒー飲んだ。
「それで、どうなっちゃったんですか?」
佳代はいつの間にか、藤野の話に聞き入っていた。
藤野は続けた。
「次のバッターの初球。サインは外へのスライダーだった。しかし、そいつの投げたボールは真ん中に入った。
打った瞬間、打球は高くまい上がりレフト・スタンドに飛び込んだ。逆転ホームランだった……」
佳代はそれを聞いてうつ向いてしまった。だが、藤野の話は終わらない。