ICHIZU…Last-15
クルマは《ラーメン 三洋軒》に着いた。そこは小学校からクルマで10分あまりの店で、佳代も何度か来た事があった。
赤いノレンを潜って中に入ると、食事時を過ぎたためかカウンターには5人の客しか居なかった。
「おじさん。定食の大盛り二つ」
藤野は店主にそう伝えるとカウンターに座った。
「コーチ、私、そんなに食べれませんよ」
佳代がそう言うと、藤野は声を挙げて笑いながら、
「何言ってんだ!ジュニアのキャンプの時、カレー何杯喰ってた?あれに比べりゃ大したことないさ」
藤野の言葉に佳代は顔を赤らめる。
それは2年前の事だ。
ジュニアは毎年、8月の1ヶ月間にリーグ戦を休むのだが、その時にチームの親睦を図るためにキャンプをやっている。
キャンプの夕食といえば、カレーと決まっていた。その時、佳代はチーム・メイトの橋本淳や山下達也と食べ比べをし、見事4杯を食べて勝ったのだ。
「ハイッ、どうぞ」
2人の前に定食が運ばれて来た。ラーメン1.5人前に餃子が8ヶ。これに明太子が1切れに高菜の漬物が乗った大盛りご飯。
「さあ、喰おう!」
藤野は佳代に割バシを手渡すと、ラーメンをすすり出した。
佳代も割バシを割ると、藤野を真似るようにラーメンを食べ出した。
「美味しい…」
久しぶりの三洋軒のラーメン。醤油トンコツのスープが食欲を刺激する。
2人は店備え付けのティッシュで流れる汗を拭きながら、大盛りの定食と格闘していた。
それから15分。まず藤野が食べ終えた。彼は店のウォーター・クーラーから氷水をコップに2杯注ぐと、ひとつは佳代に渡して自らのコップを半分ほど飲んだ。
「ふーーっ」
ちょっと遅れて佳代が食べきった。ラーメンのどんぶりのスープも飲み干して。
「何だかんだ言いながらキレイに喰ったじゃないか!」
藤野が笑いながら佳代に言うと、
「久しぶり食べたんで、入っちゃいましたねぇ」
佳代も笑顔で返す。
藤野と佳代は、笑いながら三洋軒を後にした。
藤野は佳代をとなりに乗せながら思案していた。彼女にどう切り出そうかと。
しかし、考えてもまとまらない。こういう場合は正攻法で行こうと、唐突に佳代に言った。
「佳代……野球、辞めるそうだな?」
その瞬間、佳代の頭の中からさっきまでの楽しい気分はどこかに消え去った。