ICHIZU…Last-12
「ふうっ」
最後のひときれを食べてお茶を飲む。汗は全身から滲んできた。
(なんか…久しぶりに食べたな…)
普段、何気なくやってる事が大変に思える。食事を摂る事は非常にエネルギーを使う事だと身を持って知る佳代。
彼女は食器を流しに置くと、そのままバス・ルームへと向かった。
シャワーを浴びて服を着替えた佳代。彼女は出掛けてみようと思った。
玄関ドアーを開ける。
「まぶし……」
陽光が眼に痛い。久しぶりの太陽は、あの時より強さを増しているようだ。セミの合唱も、ひと際大きく耳に届く。
佳代はかまわず、その中へ歩み出した。行くあてなど決めずに。
アスファルトからは、陽光の熱による陽炎が立ち昇っていた。
どのくらい歩いただろうか、止まらない汗を拭いながら、喉が渇いたのか自販機でスポーツ・ドリンクを買っていた時だ。
かすかに声が聴こえた。
佳代はその方向に行ってみようと、スポーツ・ドリンクを飲み干すと歩みを進める。
耳を頼りにしばらく歩く。
(ここって……)
佳代は思い出したように駆け出す。声は益々大きくなっていく。
そして歩いて来た小さな路地から、少し大きい道に出た。
目の前に広がるのは、佳代も通っていた小学校のグランドだった。
「どこ投げてんだ!ショートに投げるんだろ」
金属音と共に白球を追っていく子供達。
ミスすれば、容赦ない怒号を大人が浴びせていた。
それは自らが所属していたジュニア・チームの練習風景だった。
懐かしさからか、佳代は道路を横切ると、随分近くから眺めていた。
「おい、修!」
センターを守る修に、セカンドの同級生が声を掛ける。
「なにーーっ?」
「あそこに居るの、オマエの姉ちゃんじゃねぇ?」
修はそいつの指差す方向に目をやる。確かに姉だ。
(何しに来たんだ?野球辞めるって言ってたのに……)
子供達や父兄の何人かは存在に気づき、佳代に手を振っている。
その異変に最後に気づいたのはノッカーだった。
ノッカーは振り返った。藤野一哉だった。