ICHIZU…Last-10
「お、おい!直也…」
橋本は直也に声を掛けるが、とっとと走り去って行く。山下は橋本の肩を叩くと、
「後はアイツに任せとけって。オレ達も、部室を閉めて帰ろうぜ」
夕闇がせまる時刻。佳代は自室に籠っていた。部屋の床に座り込み明かりも着けずに、ただ1点を見つめて。
(少しは楽になれると思ったのに……)
自分なりの責任を取り、監督や親にも了解してもらった。
これで、気持ちは晴れると思っていた佳代。
しかし、結果はまったくの逆で、益々気持ちが落ち込んでいく。
(どうすればいいの……)
その時、階下から聞こえるドアー・フォンが佳代の思考を遮った。
夕食の準備をしていた加奈がパタパタと音を立てて玄関を開けた。
そこには直也が立っていた。
「アラッ、直也、久しぶりね」
加奈の言葉に直也は答えず、焦る気持ちを言い放った。
「佳代は?佳代はいますか」
直也の眼が深刻さを映している。加奈は慌てたように、
「ち、ちょっと待ってて……見てくるから…」
そう言うと、加奈は玄関横の階段を登って行った。
加奈は佳代の部屋のドアーを開けた。真っ暗な部屋の隅に、佳代はうずくまっていた。
「電気ぐらい着けなさいよ」
加奈がスイッチを入れた。天井の照明が部屋を照らす。
その時、佳代の姿が照らされると同時に加奈は息を呑んだ。能面のように無表情で1点を見つめている佳代の姿に。
「…直也君…来てるわよ」
佳代に話掛ける加奈。その口調は、優しく、笑みさえ浮かべて。
だが、佳代はそんな母親の顔を見ようともせずに、
「ごめん…誰にも会いたくない…」
加奈はそれ以上言えずに部屋を出ると、階段を降りていった。
「ごめんさない。佳代、誰とも会いたくないって……」
そう伝える加奈の顔は悲し気だった。
直也は意を決して加奈を押しのけ玄関口に入ると、階段の方を向いて言った。
「カヨ!テメェ、逃げんじゃねぇぞ!オレも山下も橋本も、オマエが帰ってくるのを待ってんだ!帰ってこい!」
「いい加減になさい!直也君!」
加奈は直也を玄関から押し出そうとしている。直也は押されながらも佳代に叫び続ける。