飃の啼く…第13章-7
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「なにをニヤニヤしてるのよぉ〜!」
涙目のさくらは、今の壁にくっついて、飃からなるべく離れたところに居た。
「早く捨てちゃって!トイレに流すとか!」
飃の指の先からぶら下がっている物体から、1ミリでも遠ざかろうと必死なのだ。
「ただの虫だろう。ほら。」
「ぎゃーっ!このサド!変態!」
完全に死んでしまっているとはいえ、ゴキブリの全てのフォルムがさくらの拒絶反応を引き起こしている。
「佐渡に行ったことは無いぞ。知り合いなら居るが。」
「いいから捨てて!!」
ニヤニヤしながらトイレに流す。この生命力は賞賛にすら値すると、飃は内心思っていたが口には出さなかった。口に出せばまた変態呼ばわりされかねないから。
「…手、洗ってよね。二回!」
洗面所の扉の隙間から、さくらが告げた。
思えば、夕飯を食べながら談笑していたさくらの顔が一瞬にして恐怖に凍りつくさまは見事だった。また笑いがこみ上げる。
「な…なによう…。」
「お前の名の由来がわかるような気がするよ。」
「“さくら”の?なんで?」
ソファに座ると、命令どおり二回良く洗った手でさくらの肩を抱いた。
「表情が見事に変わるからな。笑ったと思えば泣き、泣いたと思ったら怒る。さくらの花が散って、そのすぐ後に青葉が芽吹くのを見るようだ。」
「ええ〜?なにそれ…」
期待に満ちていた顔が、とたんに不満そうな顔つきになる。
「褒めているのだぞ?桜は咲いても、散っても、青葉になっても、紅葉しても美しい。」
そして、さくらの顔は今まさに、紅葉のように赤く染まっていた。