光の風 〈貴未篇〉前編-7
カチ カチ カチ
頭の中に静かに響く音がする。どこかで聞いた音、これはなんだろう?
ボーン ボーン
「ああ、時計だ…。」
ゆっくりと目を開ける。時計の音が響く中で広がっていく視界。足元は草がある、目線を上げていくと緑に囲まれた町が見えた。
まるでドームのような造り、巨大な振り子時計は天井まで覆い尽くしていた。それでも空を感じる。
空は青くて雲もある、鳥も飛んでいる。ただ周りを囲んでいるのはカラクリのような町並み。
そこは歯車の世界だった。
「うわぁ…すごい…!」
今まで見たこともない世界に日向は感嘆の声を上げた。その声に反応することができないくらい貴未は景色を目に焼き付けていた。
感情が高ぶる。
「カリオだ…っ!」
消えそうなくらいの声、感情が高ぶりすぎて上手く声にならなかった。
「カリオ?ここが…。」
日向は辺りを見回した。いつしか時計の音は止み、歯車が回る音が聞こえている。日向は初めて〈永〉の歯車の意味に気付いた。
「カラクリ仕掛けの世界。すごいな。」
貴未の胸にかけてある〈永〉は淡い光を放っていた。
『ここがカリオなのね。昔貴未に聞いた通りの景色だわ。』
マチェリラの声がする。どうやら圭がいなくても話はできるらしい。貴未は彼女の声に頷いた。
「やっと…帰ってこれたんだ。」
貴未の顔は笑っていた。懐かしい気持ちで溢れ、思い切りはしゃいで騒ぎたい気分だった。
「何者だ?」
正体の分からない声に尋ねられ、初めて周りを囲まれていることに気付いた。一瞬構えたが、それも声の主が分かるまでだった。
「ここは何もない所、こんな場所に何の用だ?」
見覚えのある人物、貴未は思わず脚を前に踏み出した。
「…長っ!」
長と呼ばれた老人は目を凝らして貴未を見る。
「私です、未禄(みろく)の子、貴未です!」
貴未、と名乗られた名をもう一度呟いてみた。長の表情が少しずつ変わっていく。
「貴未?…おぉ貴未か!」
長は両腕を広げ全身で貴未を受け入れた。貴未も迷わず長に飛び込んでいく。二人は抱き合い、そしてお互いの顔を確認しあった。
「よく、よく無事で戻った!なぁ貴未?よく無事で…っ!」
感激のあまり長は涙声になって話せなくなった。それでも貴未の頭を何度も何度も繰り返し撫でる。
貴未は堪え切れずに涙を流してしまった。
「ただいま戻りました…っ!」
その姿はまるで迷子になった子供が家族に会えたようにも見えた。しばらく二人は話すことができなくなってしまった。